REVIEW
LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
英国の高校に通うラガーマンのニックと、ゲイであることを校内でカミングアウトしているチャーリーを中心にLGBTQの生徒たちが織りなす青春ラブストーリー。イマドキの高校生たちのリアリティや喜びを描いた素晴らしい作品です。
Netflixで4月に配信がスタートしたドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』。英国の高校に通うラガーマンのニックと、ゲイであることを校内でカミングアウトしているチャーリーが、まさかの恋に落ちるというゲイの夢を体現したかのような青春ラブストーリーで、ゲイであることで周囲にどう思われるか、どんな偏見に直面するかというところもリアルに描きつつ、好きという感情に気づき、少しずつ距離を縮めながら、幸せをつかんでいく二人の喜びがポジティブに描かれた作品で、「こういう作品を観たかった!」と全世界の1億人くらいが叫んでいるに違いない、本当に素敵なドラマです。チャーリーとニックのカップルだけでなく、レズビアンのカップルも、男子校から女子校に転校するトランスガールも登場し、今のLGBTQの高校生のリアリティを描いた(リプレゼンテーション的に素晴らしい)名作でもあります。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)
いつも「オタク」仲間と過ごしている主人公のチャーリーは、華奢で、ひ弱で、スポーツができなさそうな、”典型的な”ゲイの男の子です。チャーリーはゲイであることを校内でカミングアウトして、それゆえに、ベンという上級生が接近してきて、キスを迫られたりするのですが、ベンは絶対にそのことを周囲に知られたくなくて(クローゼットで)、隠れて体の関係だけを求め、表ではチャーリーを無視したりするので、チャーリーは幻滅します。そんなとき、学年を超えたミックスの授業で、ラグビーをやってて、男の子からも女の子からも人気な、スクールカーストの上位に君臨しているようなスポーツマンのニックと隣の席になり、意外にもニックは紳士的で優しい人だったので、チャーリーはニックに惹かれるように…。報われそうにもないニックへの恋のことをオタク仲間やゲイの先生に相談するも、「絶対にうまくいかない」「ストレートに恋することがどんなに辛いか」とたしなめられ、あきらめかけるのですが、意外にもニックは(周囲のストレートの生徒たちがチャーリーをバカにして「なんであんなやつと」と言うのも気にせず)チャーリーの足の速さを見込んでラグビー部に勧誘したり、愛犬を見に来るよう家に招いたり、とても親しくしてくれて、チャーリーは微かな希望を胸に、慣れないラグビーと格闘し、ウキウキしながら家に行きます。ニックは自分の本当の気持ちに気づき、ネットで「ゲイ」について検索してみるのです…
ゲイ・バイセクシュアル男性の方のなかには、中学や高校でスポーツをやってる同級生や先輩に恋した経験がある方も少なくないと思います(私もそうでした)。恋した相手がラグビー部の花形で、それでいて優しい男の子。「もし、彼もゲイで、彼が僕のことを好きになって、つきあってくれたらどんなにいいだろう!」と夢見ながら、現実はそんなに甘くはなく(体育会の部活の多くはホモソーシャルで、ホモフォビック。そんな環境で自身がゲイであるとカムアウトできる生徒はほとんどいません)、告白する勇気も持てず(もし告白して、みんなにゲイだとバラされたら…と思うと怖くてできず)、報われない片思いで終わり、ほろ苦い青春の一ページとしてそっと胸の中にしまわれるのが関の山…。しかし、そんな全世界のゲイが「憧れ」を抱く夢のようなストーリーが、ついに実写化されたのです。本当に画期的です。
よく、ゲイであることを肯定的に描く映画やドラマ、漫画などが登場した時に、「悩める中高生時代の自分に見せてあげたかった」という感想を書きますが、これこそが究極にして最高の、そういう作品だと思います。絶対にないとあきらめていた夢を現実のものとして見せてくれているからです。
ゲイであることを肯定的に、ポジティブに描く作品であることは間違いないのですが、それでも、絶対に周囲に知られたくないというクローゼットな人が登場したり、チャーリーのことを好きなのかもしれないと気づいたニックがネットでゲイについてのネガティブな情報に触れて戸惑う(傷つく)シーンなどもあり、ゲイを取り巻く現実や、置かれている環境のリアリティが描かれます。同性婚が実現している英国であっても、そんな感じなのです。「カミングアウトなんていらない社会」とか、「LGBTという言葉がなくなる日を」とか軽々しく言う人たちにこそ観てほしいな、と思います。
きっと多くの視聴者は、ゲイとしてのカミングアウトは済ませたチャーリーよりも、次第に自分のセクシュアリティに気づき、おずおずとそれを受け容れていくニックのほうを応援し、感情移入しながら観ていることと思います。ニックというキャラクターの「心の旅」こそが、このドラマを稀有なものにしています。
ニックが「自分はチャーリーを好きになってもいいんだ」と思えるきっかけが、クラブか!っていうくらい大きなお屋敷でのパーティで、タラとダーシーという女の子カップルが幸せそうに踊って、キスをするシーンだったというのが、とても素敵でした。ゲイだけじゃなくてレズビアンも出てくるし、トランス女子も登場する(なんと、男子校から女子校に転校したのです)というところも素敵です。親や学校の先生も理解があり、サポートしてくれます。日本もこんな感じだったらどんなにいいだろうと思います。体育会の部活に入ってる男の子たちが、ホモソーシャル(ゲイ嫌いな男社会)の圧力に負けずにカミングアウトできるようになって、もっと自由にのびのびと男の子と恋愛できるハイスクールライフ。素敵ですよね。(『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』の「ありえたかもしれない二人の関係」ですね)
原作は英国の若手作家アリス・オズマンによるグラフィックノベル『Heartstopper(ハートストッパー)』で、本国で話題をさらい、日本版も発売されています。アリス・オズマンはアセクシュアルの方だそうですが、自身の学生時代の体験に加え、10代のLGBTQの経験を綿密にリサーチしてこのようなヤングアダルト作品を生み出したんだそうです(CINRA「Netflixドラマ化『ハートストッパー』が祝福する、「希望」に満ちたクィアな若者たちの生」より)
実写ドラマ化にあたって、ロマンティックな感情を盛り上げたり彩ったりするようなアニメーションが効果的に使われています(実はGoogleで「Heartstopper」と検索すると、アニメーションが表示されます)。ほかにも、登場人物たちの背景がより詳しく描かれたりもしているそうですが、概ね原作のイメージに忠実に作られているそうです。
ドラマにハマったみなさんはきっと、原作の漫画も読んでみたくなることでしょう。
ぜひ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』の世界の幸福感にハマってください。
もしかしたら、なぜ世界が『ハートストッパー』に熱狂しているのかが理解できない方もいらっしゃるかもしれませんが、男女であれば当たり前な出会いや恋愛が、男の子どうしになると「有り難い」ものになるということのリアリティを、少しでも感じていただければ幸いです。
HEARTSTOPPER ハートストッパー
Netflixで配信中