REVIEW
映画『リトルガール』
トランスジェンダーの女の子を支える家族の姿をリアルに映し出した感動的なドキュメンタリー映画です。
映画『リトルガール』は、トランスジェンダーの女の子・サシャの姿と、サシャを支え、彼女が女の子として学校に通えるよう闘う家族の姿を生き生きと映し出し、ベルリン国際映画祭、モントリオール国際ドキュメンタリー映画祭などを席巻、2020年の東京国際映画祭でも上映されたフランスのドキュメンタリーです。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)
<あらすじ>
フランス北部、エーヌ県に住む少女・サシャ。出生時に割り当てられた性別は“男性”だったが、2歳を過ぎた頃から自分はpetite fille(女の子)だと訴えてきた。しかし、学校はサシャがスカートをはいて通学することを認めず、バレエ教室でも男の子の服装を強いられ、男子からは「女っぽい」と言われ、女子からは「男のくせに」と疎外され……。
カメラは、サシャが家では女の子の服を着て、かわいい靴をはいて、お人形遊びをしたりしている姿を写し出します。誰がどう見ても女の子としか思えない、リアルな姿です。サシャもいつもおしとやかというわけではなく、外で兄弟と走り回ったりとかもするのですが、そんな活発なときでも、やっぱり女の子なんですよね。よくオネエタレントの方が、あるいは『彼らが本気で編むときは、』でも、力を入れたりするときに"男に戻る"というか、”地が出る”ような声や仕草をすることがあると思うのですが、サシャは24時間、ナチュラルに、可憐な女の子でした。
しかし、もう何年かすると二次性徴が始まって体が男性的になっていきます。小学校は、校長が石頭で、ふだんから女子として暮らしているサシャが女子の格好で通学することを認めません(仕方なく、いやいやズボンをはくサシャの健気さ…涙を誘います)。そうした問題に、お母さんを中心とする家族が一丸となって立ち向かい、サシャをサポートする姿にこそ、この映画の感動があります。
闘いの中心はお母さんなのですが(お父さんの言葉も力強く、素晴らしかったです)、あるとき、聞く耳を持たない小学校との交渉にちょっと疲れたお母さんが、サシャの兄である息子に「お母さん、間違ってるかな?」と尋ねる(弱音をはく)場面がありました。すると、小学校3〜4年くらいのまだ子どもなのに、毅然と「そんなことない。サシャが拒絶されて黙ってるわけにはいかないもの。バカはなんとかしないと」と答えていて、カッコよかったです。ある意味、お母さんを励ましていたわけで、頼もしいと思いました。
学校との交渉の結果がどうなったかについては、書かないことにします。このアライ・ファミリーと一緒にぜひ、戦いの行方を見守ってください。
総じて、黙っていたら何も変わらないということ、声を上げ、闘っていかなければ状況は改善しないということが描かれていたと思います(お母さんがサシャに語りかける「あなたには怒る権利があるのよ」という言葉が印象的でした)。とてもフランスらしいと言えばそれまでですが、日本だって同じことです。
ドキュメンタリーとは思えない、繊細で美しい映像。素晴らしい家族の姿。事実を伝えるリアルな映画なのに、とてもエキサイティング。本国では、ロックダウンで映画館が閉鎖されたためテレビで放送されたのですが、視聴者数が130万人を超え、ドキュメンタリーとしては昨年の最高視聴率を記録したというのもうなずけます。
トランスジェンダーのことに限らず、親が子どもを守るというのはどういうことか、家族で支え合うとはどういうことかという真実に触れているがゆえに、多くの共感を呼んだんだと思います。
この映画の監督を務めたのは、これまでも社会の周縁で生きる人々に光をあてた作品を撮り続け、カンヌやベルリンを始め、世界中の映画祭で高く評価されているセバスチャン・リフシッツという方。トランスジェンダーのアイデンティが幼少期から自覚されるということについて取材していた過程で、サシャの母親カリーヌに出会い、奇跡的にこの作品が誕生したそうです。
おそらくこの映画をご覧になると、日本はどうなんだろう、小学校に望む性の姿で通えるのだろうか、学校やPTAはそれを認めているのだろうか、欧米ですでに認められている二次性徴抑制剤の使用は認められるのだろうか、などと考えてしまう方も多いことでしょう。少し情報を共有しておきます。
日本では、2006年5月、兵庫県播磨地方で、男の子として生まれたものの、性別違和に苦しんでいた小学2年生の優さん(仮名)が、女の子として通学することを認められました。そして小中高と女の子として通学することを受け入れられ(全国初の事例)、2017年に無事に高校を卒業し、社会人になりました。2006年といえば、性同一性障害特例法はすでに施行されていましたが、まだまだ世間の理解はそれほど進んでいなかったと思います。そんな時代に、地方の街で、優さんの親御さんや担任の先生や学校のみなさんや教育委員会のみなさんが、小さな子どもの苦悩に寄り添い、特例を認めてくれたこと、その優しさに、胸が打たれる思いです(詳細はこちら)
2015年、文部科学省は、医師の診断がなくても子どもの要望に応じて、自認するジェンダーでの制服・体育着の着用や通称名の使用、多目的トイレの利用などの対応を求める通知を各学校に出していました。しかし、診断書がないと学校で対応できないと言われるケースは多発しているようです。これまで数多くの性同一性障害者を診断してきた精神科医の針間克己氏は、「学校というのは、勉強する機会でもあるし、権利でもあるわけですから、多少の配慮で済むのであれば、学校へ行って勉強できるようにするというのが、学校側に求められていることだと思います」と語っています。
二次性徴抑制剤の使用も認められています(優さんもこの薬の投与が認められました)。日本精神神経学会のGID診療・治療ガイドラインによると、二次性徴の初期(12歳前後)で性別違和が強く増している場合、医療チームの判断や親の同意などを条件に投与が可能となります。この薬は一時的に二次性徴を止めるもので、投薬をやめれば二次性徴が再び始まる可逆的なものです。しかし、保険適用にならないので(通常のホルモン療法も保険適用外です)ちょっと高額になりますし、まだまだ認知されていないということもあり、実施例はごくわずかだそうです(こちらの記事をご覧ください)
リトルガール
原題:Petite fille
2020年/フランス/85分/監督:セバスチャン・リフシッツ
全国で公開中
(C)AGAT FILMS & CIE - ARTE France - Final Cut For real - 2020