REVIEW
40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
40代で性別移行を決意したトランスジェンダー女性が直面する困難や葛藤…それでもあきらめずに自身の性を生き、自分らしさを取り戻していく姿をリアルに描いた短編映画です。当事者の方たちが製作しているからこそのリアリティや説得力が心に沁みます
冊子『トランスジェンダーのリアル』の制作メンバーの打ち合わせの中で、トランスジェンダー当事者のリアルな姿を映画のような形にできないだろうかという話が出て、2022年6月、「ふたりのトランスジェンダー女性が作成するショートムービー」としてこのプロジェクトが始動したんだそうです。
監督の河上リサさんは、こう語っています。
「まだまだ言葉や情報やモデルなどの資源がLGBTQ+当事者たちや当事者ではない人たちにとって少ない今だからこそ、トランスジェンダー当事者がトランスジェンダー当事者をモデルにした動画という媒体での言葉や情報やモデルとしての資源を作り出していく事には、大変意味のあることだと考えています。また、トランスジェンダー当事者が手がけることに意味があると思っています」
脚本を書いた奥村ひろさんは、こう語っています。
「トランスジェンダー女性にとっての、数ある生きづらさの中のひとつに、周りから「女装した男性」として扱われる、というものがあります。これは何も自分自身がそう扱われるだけの話ではありません。トランスジェンダー女性全体が、「トランス女性 = 女装した男性 = キモい・犯罪者」の構図に当てはめられようとしています。これを見聞きするだけで心が削られてしまいます。確かに、いわゆる ”男性” から ”女性” に性別移行した人間なのですが、本人からすれば女装した感覚がずっと続いているわけではないのです。リアルでは女性としての生活が始まり、定着して営まれています。なのに、世間(特にSNS上では)からは「排除すべき属性」として扱われてしまいます。そのギャップからくる苦しみは、トランスジェンダー当事者でないと理解できないものです。いくら周りに話してみても当事者でない者には伝わらず、それがさらなるモヤモヤ、イライラを上乗せさせるのです。その一因は、メディアの取り上げるトランスジェンダー女性像が「シスジェンダー男性が演じるトランスジェンダー女性」であり、シスジェンダーの方が制作したトランスジェンダー女性の物語である部分が大きいと言えます。トランスジェンダー当事者ではない者たちによる過剰な女装や、現実的ではない感動ポルノ等です。それの何が問題かは、端的に言えば、トランスジェンダー当事者に向けての発信がなされていない、ということです。物語を娯楽、レジャーとするならば、より多くの人に届くことに意義があるでしょう。より多くの人が笑い、良いと思うものは、トランスジェンダー当事者には笑えず、良いとは思えないのです。なぜならば、それはリアルではないからです。当然少数派であるトランスジェンダー当事者へのウケは切り捨てられてしまい、いない者として扱われます。だから私はトランスジェンダー当事者として、物語を紡ぎ、そして演じるのです。トランスジェンダー当事者が観ることを前提に作品を作り、常に当事者に向けてメッセージを送り続けていくといった意味で、映画『鏡をのぞけば~押された背中~』は、荒削りでとても初々しい作品ですが、とても重要なポジションにいる作品だと自負しております」
こうしてできあがった自主制作短編映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』は、2023年6月から少しずつ、関東や関西で上映されてきました。関西クィア映画祭でも上映されました。2024年にも都内で上映会がありました。
9月27日〜30日にオンラインで開催される「トランスジェンダー映画祭2024秋」でも上映が決定しています。
<あらすじ>
とあるカフェの一角、ともねは占い業を営んでいた。占いとは名ばかりで、実態は客の愚痴のはけ口だった。ある日、友人の紹介でやってきた中年の男性客の占いをすることに。占いの最中、男性客は、自分がトランスジェンダー女性であると、ともねに打ち明ける。ともねは、そんな彼女にアドバイスを送ろうとするが…
トランス女性が日々の暮らしのなかで直面する生きづらさ――ロコツな侮蔑の視線やヒソヒソ話、そして、そんな世間の蔑視ゆえに、40代にしてトランジション(性別移行)を行なうことをためらい、苦悩する当事者の姿や、世間にはそうと公表せずに“ 埋没”して生きるべきかカムアウトするべきかと悩む当事者の姿が描かれ、そうした苦悩を、トランスとアライのコミュニティがあたたかく見守り、支えていく姿も描かれ、すべてがとてもリアルであるがゆえに、心に沁みました。辛い、苦しいだけではない、コミュニティ的な祝福の場面も描かれているため、救いがありますし、カタルシスも得られます。
正直、技術的には決してプロフェッショナルではなく、画像が粗い部分などもあったりするのですが、「トランス女性が監督し、トランス女性たちが主演する、トランス女性たちの物語」としての意義を汲んで、そこは大目に見ていただければ幸いです。ドキュメンタリー以外でこのようなトランスジェンダーの当事者によるトランスジェンダー映画が作られたのは本当に貴重なことです(もしかしたら初めてではないでしょうか?)
岡部鈴さんなども出演しています。
トランスジェンダー映画祭をはじめ、これからもどこかで上映されていくと思いますので、みなさまぜひ、ご覧ください。
【追記】
9/27〜9/30のトランスジェンダー映画祭2024秋で上映されることになりました。
こちらの監督インタビューもご覧ください。
鏡をのぞけば〜押された背中〜
2023年/日本/30分/監督:河上リサ/脚本:奥村ひろ/出演:奥村ひろ、河上リサ、石原幹史、柴田公彦、莉玲、ワムハチ、Yoshiki、チロ、岡部鈴
- INDEX
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- 映画『最も危険な年』
- 高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、同性婚をめぐる差別発言という社会問題にも一石を投じてきた映画『エゴイスト』
- 映画『世界は僕らに気づかない』
- 映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- 過去に引き裂かれた二人の女性が、家族のあたたかのおかげで、国境を越えて再会し、再生していく様を描いた映画『ユンヒへ』
- 映画『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- 映画『リトルガール』