REVIEW
高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
TRPの開催に合わせ、1週間限定公開される『あの夏のアダム』。高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして、最高に面白くて素敵なクィア・コメディ映画です。アライの方にはぜひ「クィア」を体感していただきたいです。
ドラマ『トランスペアレント』のプロデューサー兼コンサルタントを務めたリース・アーンスト監督の長編デビュー作です。リース・アーンストはドラマの制作におけるトランスジェンダーのスタッフの雇用を全ての部署で促し、映画制作のノウハウを学ぶ場をトランス当事者に提供し、同時にシスジェンダーのスタッフや俳優がより包括的な現場づくりを達成するためのガイドライン作成などを手がけたことでも話題になりました。この『トランスペアレント』に関連して制作された『ディス・イズ・ミー ~ありのままの私~』は、GLAADメディア賞で特別表彰を受けています。メディアにトランスジェンダーの人々が露出し、複雑さのある描写がなされることを後押ししたことを評価され、アメリカ自由人権協会からLiberty賞を授与されてもいます。そんなリース・アーンストの長編デビュー作『あの夏のアダム』は、2006年のニューヨークを舞台に、男子高校生アダムのひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画です。GLAADメディア賞にもノミネートされています。
<あらすじ>
2006年。全米レベルで同性婚が合法化される10年近く前、黒人大統領の登場がまだ想像し難かった時のアメリカ。ぎこちない思春期を生きる高校生のアダムは親から逃れ、姉のいるニューヨークで夏休みを過ごすことにした。レズビアンの姉ケイシーとともに、アダムは都会の刺激的なレズビアンやトランスジェンダーの運動やカルチャーに足を踏み入れる。そして、プライドで見かけた女性にひとめぼれ、夜のパーティで偶然、彼女を見かけ、なんとか話すきっかけを作ろうと試み、成功するが、ジリアンはてっきりアダムのことをトランス男性だと勘違いしてしまう。訂正する機会を逃していくうちに関係は深まり、にわか仕込みでトランス男性についての知識を身に着けていくアダムだったが、状況は、どんどん複雑に……。
ものすごく面白かったです。
大勢で『Lの世界』を鑑賞するパーティがあり、トランス男性のマックスについて「10日であんなにヒゲが生えるなんてありえない。私なんて半年ホルモン打って7本しか生えないのに!」とか言い合ったり、『ザ・プロム』のもとになった高校のプロムへの参加を断られて大揉めして全米中の話題になったレズビアンカップルの話が出てきたり、クィアならではのネタがいろいろ盛り込まれてましたし、何度も声に出して笑いました。そして、こんなストーリーよく考えたね!と感心するような、新鮮さや驚き、ハラハラドキドキもあるストーリー展開で、ブルックリンのクィアコミュニティが当事者目線で生き生きと活写され(当然、当事者が不快に感じる差別的な表現もなく)、クィアがマジョリティになっている集まりの中でアダムが焦りを感じてしまうという逆転も面白く、それでいて高校生アダムのひと夏の恋と成長が映画の軸になっている(典型的な米国の「夏休みモノ」になっている)のが「お見事!」という感じです。うっすら涙もにじむような、さわやかな後味。アダムがいい子でよかったと思います。
本当に面白いのですが、その面白さが、クィアの「内輪」だけで盛り上がるのではなく、シスジェンダー・異性愛者(ストレート)の人でもちゃんとアダムに感情移入できるようになっているのがスゴいし、素晴らしいと思いました。
アライの方の多くは、おそらくLGBTQコミュニティをどこか「他所」から眺めていたり、当事者コミュニティに入っていけるわけじゃないという心理的な壁や距離感を感じたりということがあると思うのですが、この映画では、アダムが「当事者」になってるのがオドロキですし、面白いところです。それは、トランス男子のフリをしてクィアコミュニティに入り込んでいるという意味だけじゃなく…ぜひスクリーンで確かめてみてください。
そして、 「クィア」ってときどき耳にするけどイマイチどういうことなのかわからない…という方は、この映画が最良のガイドになると思います。ぜひ「クィア」を体感してください。
私もビックリしましたし、みなさんも驚くのではないかと思いますが、女性限定のエロティックなパーティのシーンが出てきます(その名も『バウンド』。素敵です)。女性もこのように一期一会の性を楽しんだりするんだなぁって、興味津々でした。
それから、「キャンプトランス」のシーンがあって、あの『POSE』に主演したMJロドリゲスが詩を朗読するのがとてもカッコよかったです。「キャンプトランス」は、ミシガン女性音楽フェスでトランスジェンダーが入場を断られたことへの抗議として、毎年このフェスの入り口横で開催されているキャンプです(畑野とまとさんが解説してくれています)
演じている俳優さん、みなさんとても素敵だったのですが(個人的には、同じアパートのルームシェアの同居人で、男としてアダムにアドバイスしたりいろいろよくしてくれるアジア系のイーサンが推しです)、おそらく多くの方が、ジリアンの役を演じたノンバイナリーのマルチアーティスト、インディア・サルボア・メネズ(この映画への出演を機にボビー・サルボア・メネズと改名)に惹かれることでしょう。22日、初日の上映後に来場してQ&Aトークするそうです!ので、ぜひご参加ください。
この映画を配給しているのは、毎年世界エイズデーに「Visual AIDS」の作品を上映したり、『フウン姉さんの最後の旅路』のような映画館で一般公開されないようなクィア映画を積極的に紹介し、上映・配信するなどしてきたノーマルスクリーンです。よくぞ配給してくれました。感謝!
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開です。みなさんぜひ、ご覧ください。
(文:後藤純一)
あの夏のアダム
2019年/米国/95分/監督:リース・アーンスト/出演:マーガレット・クアリー、ボビー・サルボア・メネズ、ニコラス・アレクサンダー、MJ・ロドリゲスほか
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開
- INDEX
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- 映画『最も危険な年』
- 高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、同性婚をめぐる差別発言という社会問題にも一石を投じてきた映画『エゴイスト』
- 映画『世界は僕らに気づかない』
- 映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- 過去に引き裂かれた二人の女性が、家族のあたたかのおかげで、国境を越えて再会し、再生していく様を描いた映画『ユンヒへ』
- 映画『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- 映画『リトルガール』