REVIEW
映画『世界は僕らに気づかない』
トランスジェンダーである飯塚花笑監督の新作映画『世界は僕らに気づかない』が1月13日から公開されます。ミックスルーツで複雑な家庭環境のゲイの高校生を主人公とした熱い人間ドラマで、号泣必至の名作です。ぜひご覧ください。
『世界は僕らに気づかない』は、群馬のフィリピン系のゲイの高校生が主人公。セクシュアルマイノリティで、エスニックマイノリティでもあり、父親が家にいなくて、母親はフィリピンパブで働いていて、学校で容赦なくいじめられ…そんな生きづらさや苦しみ、やり場のない怒りを母親にぶつけながら、自分の手で父親を探したり、なんとか道を切り開こう、幸せを見つけようともがく姿を、限りなくヒューマンな眼差しで熱く描いた人間ドラマです。群馬県で初めて「パートナーシップ宣誓制度」を導入した大泉町(や隣接する太田市)が舞台で、おそらく「パートナーシップ宣誓制度」実現後の社会をリアルに描いた初めての長編商業映画でもあります。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)
<あらすじ>
群馬県に住む高校生の純悟は、フィリピンパブに勤めるフィリピン人の母親を持つ。父親のことは母親から何も聞かされておらず、ただ毎月振り込まれる養育費だけが父親との繋がりである。純悟には恋人の優助がいるが、優助からパートナーシップを結ぶことを望まれても、自分の生い立ちが引け目となり、なかなか決断に踏み込めずにいた。そんなある日、母親のレイナが再婚したいと、恋人を家に連れて来る。見知らぬ男と一緒に暮らすことを嫌がる純悟は、実の父親を探すことにするが…。
後半30分は泣きっぱなしでした…。号泣です。
『世界は僕らに気づかない』というタイトルから、「世界に見捨てられた人々」を描く映画なのかなと思って観はじめたのですが、決してそうではありませんでした。厳しい現実のなかにあっても、世間には(群馬の町には)人情が息づき、人々の優しさに触れたりもします。自らひたむきに追い求めれば、誰かが手を差し伸べてくれます。世の中捨てたもんじゃないと思えます。「世界は確かにこうなっている」と思えます。いま辛い思いをしているような方にも生きる希望を抱かせてくれます。間違いなく愛を描いた作品だと思います(決して薄っぺらで偽善的な「愛」ではなく、泥まみれで愛憎入り交じるような、あまりにも人間的な愛です)
主人公の純悟(お母さんは「ジュン」と呼ぶので、ジュンと書きますね)は、言われなければゲイだとわからないような感じの、ちょっと不良っぽいところもあるような、男の子っぽい男の子です。それでいてジュンは、自身がフィリピン系のダブル(ミックスルーツ)であり、お母さんがフィリピンパブ勤めであり、お父さんは養育費を送ってくるだけで、どこの何者なのか知らされていないという境遇(まさにインターセクショナリティです)に苛立ちや不満を抱えていて、お母さんとケンカばかりして、いつも怒っていて、どこか自暴自棄で、幸せな未来を思い描けずにいます。そのせいで、せっかくいい彼氏がいるのに、うまくいかなくなってしまうのです…。
そんなジュンが、世界を呪いながら破滅していくのではなく、斜に構え、静かに絶望するというのでもなく、怒りながら、周囲の人に思いをぶつけながらも、必死に、自分なりのやり方でもがき、なんとか人生の突破口を見出そうとする姿のひたむきさに胸を打たれますし、そして、そんなジュンだから「ほっとけない」と思って力を貸してくれる大人が現れて…という展開にも胸が熱くなります。まだ人情というものが残っている地方の町だからこそありえた物語。群馬の田舎町のひなびた景色が、郷愁を誘います。
ジュン役の堀家一希(ほりけかずき)さん、お母さん役のGOW(ガウ)さんの熱い演技がこの映画の大黒柱になっていますし、どの俳優さんもすごくいいです。役に説得力があります。
これまで何百ものクィア映画を観てきましたが、こんなに泣ける作品に出会ったのはひさしぶりでした(『パレードへようこそ』以来かも)。間違いなく名作です。愛と生きる勇気を取り戻せるような作品です。ぜひご覧ください。
世界は僕らに気づかない
2022年/日本/112分/脚本・監督:飯塚花笑/出演:堀家一希、GOW、篠原雅史、村山朋果、岡田信浩、宮前隆行、田村菜穂、藤田あまね、鈴木咲莉、加藤亮佑、高野恭子、橘芳美、佐田佑慈、竹下かおり、小野孝弘、関幸治、岩谷健司、松永拓野ほか
2023年1月13日(金)より新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー