REVIEW
台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
台湾同性婚法のオーソリティである鈴木賢明治大教授が、台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧した著書を上梓。隣の台湾でできたのだから日本でできないはずがないと確信させてくれるような、今後への道しるべともなるような、本当に意義深い、感動的でもある一冊です。
台湾では2019年5月に同性婚法が施行され、アジアで初めて「結婚の平等」が実現しました(同性婚非承認国の人とは国際結婚できないなど、まだ課題はありますが)。しかし、台湾で一体どのようにして同性婚が実現したのかということを歴史的、社会的、法学的な観点からきちんと総覧したものは日本語の文献としては存在せず(当サイトでも台湾関連のニュース記事を折に触れてお伝えしてきたものの、断片的な情報に過ぎませんでした)、この本が本邦初となります。80年代に祁家威さんが同性婚を求めて活動を始めた頃に遡って現在に至るまでの台湾の同志の活動の歴史を概観し、台湾でどうやって同性婚が実現したのかということを史実として検証しつつ、法学的、社会学的な解説も交え、身近で日本とそんなに変わらない台湾でも同性婚が実現したのだから日本でもできないはずがないとLGBTQコミュニティを勇気付けるとともに、世間の方たち(特に「伝統的な家族観が崩壊する」とか「家族制度の根幹にかかわる」と言う人たち)の思い込みを解きほぐすような本であるとともに、専門家をもうならせ、一般の方にもわかりやすく読んでいただける、そして(私もそうですが)当事者を感動させもするという、離れ業のようなことをやってのけているスゴい本です。副題に「アジアLGBTQ+燈台」とあるように、台湾が成し遂げたことは私たち日本(や近隣のアジアの国々)の当事者にとっての希望の灯火であり、この本のなかに、今後私たちが何をしていったらいいかということへのヒントがたくさん書かれていると思いました。
(文:後藤純一)
著者の鈴木賢さんは、北大教授時代、札幌でHSA(北海道セクシュアルマイノリティ協会)札幌ミーティングという団体を立ち上げ、1996年からの札幌でのパレード開催の立ち上げにも携わり、札幌のコミュニティの精神的支柱となった人で、2000年ごろにはレインボーマーチ札幌のアフターパーティでパートナーの方と結婚式も挙げています(私もその場にいました)。明治大の教授となってからは、「自治体にパートナーシップ制度を求める会」の世話人として、また、2016年の札幌での政令指定都市として初の「パートナーシップ宣誓制度」実現の立役者として活躍したほか、台湾の同性婚についてのオーソリティとして各所で発言してきました。そして今回、満を持して、台湾で同性婚が実現するまでの道のりを総覧した書き下ろしの著書を上梓しました。
「はじめに」で、2019年5月24日、アジアで初めて同性婚がスタートした日、戸政事務所に初めて同性カップルが婚姻届を出す世紀の瞬間や、台北市役所近くの野外広場で開催された同性新婚カップル祝賀セレモニー、そしてパレードが開催されてきた総統府前広場での盛大な合同披露宴「同婚宴」の様子が生き生きと綴られていて、私は数ページもめくらないうちに涙していました…。(『The Freedom to Marry』や『ジェンダーマリアージュ』を観たときも同種の感動でした。それが、遠い欧米の国ではなく、具体的に友人・知人の顔も思い浮かぶような台湾で実現して、彼らの喜びや熱狂がありありと想像され、思わず涙してしまったのです)
このような晴れやかな「婚姻平権」の実現に至るまでに、台湾社会や「同志」コミュニティはどのような道のりを経てきたのか、ということを、80年代の祁家威さんの孤軍奮闘から始まり、実に詳細に史実として綴り、総覧しています。2019年の同性婚法施行以降も残されていた課題(日本をはじめ同性婚非承認国の人と結婚できないということなど)や、今後の見通しについても語られています。(個人的には「同志」という言葉についての章が、とても興味深かったです。日本のLGBTQはまだ「同志」のような、日本語でLGBTQとかクィアの意味を言い表す肯定的な総称を獲得していませんが、そういう言葉があったらどんなにいいだろう…と感じました)
何度も台湾に行ったことがある・通っているという方も少なくないと思いますが、台湾はとても日本に近い国であり、他のアジア諸国と比べても台湾のLGBTQムーブメントについての情報はかなり詳しく伝えられてきたと思っていたのですが、この本を読んで、全然そうではなかった、氷山の一角に過ぎなかったということをまざまざと思い知らされました。
私はてっきり、日本のほうがパレードも早かったし、台湾は2000年代に急速に運動が盛り上がり、日本を「追い越した」のだとばかり思っていたのですが、決してそんなことはありませんでした…。90年代からかなり活発な同志運動が展開されていたし、同性婚を求める運動どころか、パートナーシップ登録制度(同性パートナーシップ証明制度)すらも台湾のほうが先だったということ。また、日本ではお目にかかったことがないようなTVCMなどを通じての激しい反対キャンペーンがあって、国民の大多数が反対派に回ってしまい、本当に苦しい闘いだったということ。次々に思い込みが覆され、知らなかった事柄に驚かされました。
そうして、長い長い、熱い(厚い)運動の末に、ついにアジア初の快挙を成し遂げたという「本当にあった」物語は、きっと、読む人の胸を熱くさせるでしょうし、日本と比べてなんて台湾は進んでるんだろう、うらやましい、私たちはもっと台湾に学ばなければいけないなと感じさせることと思います。
言うまでもなく、この本が書かれたのは、日本も早く「婚姻の平等」を認める社会になってほしいという願いからです。その気持ちの熱さが底にあるからこそ、淡々とした記述にも涙させられるのだろうな、と思いました。「選択的夫婦別姓すら実現できてないんだから、日本では到底無理」などとあきらめてしまっている方もいらっしゃるかもしれませんが、この本を読めば、隣の台湾でも実現したのだから日本でできないはずがないと思えますし、アンチ派の言い分に理がないという確信を持てますし、きっと希望を持ち続けることができます。台湾での成功は、私たちの燈台です。
複雑な台湾法の話なども出てきますが、あまり難しい言葉遣いにならないようにと、できるだけ平易な文体で書かれていて、誰でも読めるような配慮がなされています。それでいて台湾のLGBTQ史に関する第一級の資料となるような、学術的な裏付けに基づいた、理路整然と書かれた本だと思います。こうした「離れ業」的な本は、世の中にそう多くはないと思います。
鈴木賢さんは中国法、台湾法の専門家で(昨年の台湾同志遊行のオンラインイベントなどにも出演していたように)台湾語ペラペラで、台湾語の文献を日本語訳できる貴重なスキルを持った方であり、かつ、同性愛者として現地の婚姻平権運動の様子を見守り(伴走し、と言ってもいいのかもしれません)、かつ、日本のような同性婚非承認国の人との同性婚ができない根拠となっている法律などの複雑な法学の話などもきちんと伝えることができる方です。それらを全て兼ね備えているのは、1億2000万人の中で鈴木賢さんただ一人だと思います。賢さんがいてくれて本当によかった…と、感謝の気持ちが込み上げました。
※2022年3月31日に『台湾同性婚法の誕生』刊行を記念した「鈴木賢×杉山文野ライブトーク」が開催され、YouTubeでアーカイブ配信されています。鈴木賢さん自身がこの本への思いを語り、また、杉山文野さんがトランスジェンダーにとっての同性婚実現の意味について語るなどしています。ぜひご覧ください。
台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程
鈴木賢/日本評論社
<目次>
はじめに
第1章 「同志」の誕生と台湾社会
第2章 「同志」運動の生起
第3章 制度化される「同志」
第4章 同性婚から「婚姻平権」へ
第5章 自治体パートナーシップ制度という「破口」
第6章 婚姻平等をめぐる民意
第7章 蔡英文政権誕生と民法改正案
第8章 大法官解釈までの道のり
第9章 大法官第748号解釈の論理
第10章 国民投票による決戦
第11章 特別立法による制度化
第12章 同性婚法の内容と残された課題
第13章 ポスト同性婚と台湾社会のゆくえ
おわりに