REVIEW

カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』

今年のカンヌでクィア・パルムに輝いたパキスタン映画で、アカデミー賞国際長編映画賞のパキスタン代表にも選出され最終候補に残るほど高い評価を得た作品です。自分らしく生きたいと願う若者や恋するクィアの姿を生き生きと描きながら、人々の人生を無慈悲に押しつぶし、壊していく家父長制社会を鋭く告発しています

 『ジョイランド わたしの願い』は、今年のカンヌ国際映画祭でクィア・パルム(最優秀クィア映画賞)に輝いたほか、第95回アカデミー賞国際長編映画賞パキスタン代表&ショートリスト選出を果たし、最終選考まで残った作品です。本国のパキスタンでは、保守派団体からの「クィアや、クィアとの恋愛を美化して描いた」ことが「品位と道徳に反する」との圧力に屈した政府が、公開1週間前に上映禁止を決め、しかし監督や出演者が抗議活動を行ない、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイやパキスタン系英国人俳優のリズ・アーメッドらが支援を表明し、禁止令を撤回に追い込んで上映を実現させたそうです(パンジャーブ州では今でも上映禁止だそうです)
 監督のサーイム・サーディク(ゲイの方だそう)へのインタビューが『Vogue』に載っています。南アジアでは伝統的にヒジュラ(今で言うランスジェンダー女性)は尊敬や崇拝の対象で、ムガール帝国(1526-1858)では宮廷の一員として王子や王女に芸術やマナーを教える役割を担っていた、しかし英国による植民地支配が始まると、同性愛やトランスを抑圧する法律を持ち込み、文化を変えてしまった、パキスタンでは2018年にトランスジェンダーへの差別を禁止する法律が成立し、パスポートなど公的な書類で男性/女性/第三の性のいずれかを表明できる権利を保障しているほか、教育や雇用の場での差別やハラスメントを禁じていて、そういう意味では守られているが、今でも社会にトランスフォビアが残存しているといいます。「トランスジェンダーが性的関係を持つことや欲望について語り始めると、途端にタブー視されます。トランスジェンダーが教育を受けたり仕事をもつのはいいが、恋愛や結婚は……と」。このことが、本作を観るうえで重要な背景になります。

<あらすじ>
パキスタンの古都ラホール。ラナ家の次男であり失業中のハイダルは、家父長制を重んじる厳格な父から「早く仕事を見つけて男児をもうけなさい」とプレッシャーを受けている。妻のムムターズはメイクアップアーティストの仕事にやりがいを見出し、家計を支えていた。そんななかでハイダルは、就職先として紹介されたダンスシアターでトランスジェンダー女性のビバと出会い、そのパワフルな生き方に惹かれていく。すると、穏やかに見えたラナ家に波紋が広がり……。









 実に美しい映画です。ここには「映画の魔法」が息づいています。冗長だったり、無駄なカットは一切なく、ハッとさせられるようなシーンがいくつもあります。クィア映画としても名作ですが、それ以前に、映画として本当に素晴らしいです。アカデミー賞を獲ってもおかしくなかったと思います。
 
 トランスジェンダーだけでなく、外で働きたいと願う女性も、規範的な男役割に当てはまらない男性も抑圧され、苦しみます。社会に根深くはびこる家父長制ゆえに、です。とても現代とは思えません。いかに家父長制がクソかということを、怒りをもって描いています。この映画には同性愛者は登場しませんが、同性愛者がとてもじゃないけど生きていけない社会であることは容易に想像できます。
  
 初め、ハイダルはゲイなんじゃないかと思いました。優しくて、子どもが好きで、ダンスを仕事にします。奥さんがいるけど(親に決められた結婚です。中世かよ!と思うような)、奥さんのほうが稼いでいて、典型的な性役割からは外れています。でもちゃんと二人は愛情で結ばれているし、夫婦としての絆があります。そんなハイダルはビバというトランス女性に恋をするのですが、彼の性的欲望があらわになると、誇り高いビバは憤慨…。彼は失敗してしまったわけですが、そのシーンは実にいろんなことを物語っていると感じました。
 
 もし欧米のように、個人が尊重され、LGBTQが市民権を得て自由に生きられる社会であれば、彼らはきっと本当の自分に気づき、受け容れ、幸せに生きられたに違いないと思います。しかしパキスタン社会の現実は、そうではありませんでした。
 
 遊園地(ジョイランド)が束の間の休息を得られる場所として描かれていましたが、映画のタイトルの「ジョイランド」は反語表現だと思います。家父長制が社会にはびこっている限り、この世は苦界なのです。
 
 同じアジアのパキスタンが舞台で、考えてみれば数十年前まで私たちが暮らしていた町も似たような感じだったわけで、否応なしに感情移入させられますし、ハイダルやビバやムムターズの幸せを願わずにはいられません。どうしたらこの社会を変えられるのか?と直接問うわけではありませんが、このような悲劇的な物語を通じて、人々の心に訴えかけているのです。きっとこの映画を観た方たちが、家父長制的な社会を変えるために何かできることをしなければと考えるはずです。『ジョイランド』はこの先、アジアの国々で女性や性的マイノリティが生きやすい社会を実現するための象徴のような映画になることでしょう。
 

ジョイランド わたしの願い
英題:JOYLAND
2022年/パキスタン/127分/製作総指揮:マララ・ユスフザイ、リズ・アーメッド/監督・脚本:サーイム・サーディク/出演:アリ・ジュネージョー、ラスティ・ファルーク、アリーナ・ハーンほか
10月18日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開

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