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【パリ五輪】バッシングを受ける女子ボクシング選手をIOCが毅然と擁護

 1日に行なわれたパリ五輪の女子ボクシング66キロ級2回戦で、性別適格性について議論になっているイマネ・ケリフ(アルジェリア)と対戦したアンジェラ・カリニ(イタリア)が開始46秒で棄権したのち、イタリアのジョルジャ・メローニ首相が「男性の遺伝的形質を持っているアスリートは、女子カテゴリーの試合に参加するべきではない」などと言ってケリフ選手を批判したり、SNS上で彼女がトランスジェンダーだなどと事実無根のデマが流れ、誹謗中傷が沸き起こりました。

 ケリフ選手は、昨年の女子ボクシング世界選手権で国際ボクシング協会(IBA)の“性別適格検査”に合格せず、失格とされました。その理由は、こちらの記事によると「DNA検査を実施し、XY染色体を持っていることが明らかになったため」だとされていますが、IBAは「2つの信頼できる独立した検査機関を理由に失格とした」とだけ述べて検査内容は秘密にしています。IOCは、IBAの検査の正確性に疑問を呈し、「(検査の)プロトコルがどうだったのか、検査が正確だったのか、この検査を信じるべきかどうか、私たちにはわからない」「検査が行なわれたことと、私たちがその検査の正確性あるいはプロトコルを受け入れるかどうかは、別問題だ」と述べています。なお、ロシアが主導するIBAは組織運営や不正判定の問題で国際五輪委員会(IOC)から国際統括団体の承認を取り消されています。
(※そもそもIBAとはどんな団体かというところから現在までの経緯の詳細を時系列でまとめたBBCの記事がこちらに掲載されています。詳しく知りたい方はご覧ください)
 
 2日には女子ボクシング57キロ級1回戦でリン・ユーチン(台湾)がシトラ・トゥルディベコワ(ウズベキスタン)に5-0の判定勝ちを収めました。ユーチン選手もケリフ選手と同様、IBAの“性別適格検査”で不合格とされた選手でした。
 IBA会長のウマル・クレムレフ氏(ロシア)が、両選手について「XY染色体を持っていた」と語ったことから、ネット上で「男性が女子の試合に出場している」などとして炎上していました。

 この騒動を受けて、IOCは公式サイトで「パリ2024ボクシング部門とIOCの共同声明」を発表し、2人は東京五輪、世界選手権、IBAが認可する大会など国際大会に女性として問題なく出場していた、昨年の世界選手権での出場権剥奪について「彼女たちは突然適正な手続きなく失格させられた」と述べました。
 IOC広報のX(Twitter)ではバッハ会長がコメントする動画を公開し、その中で「女性として生まれた2人のボクサーがいる。女性として育てられてきた。女性としてのパスポートを持っている。何年もの間、女性として競技に出場してきた。これは女性としての明らかな定義だ。彼女らを女性として疑う余地はない」「ある人々は女性としての定義を自分自身で持ちたがっているようだが、これは科学的な根拠に基づいたものである。どうして女性として生まれ、育てられ、競技に出場し、パスポートを持つ女性を、女性と認められないのか」「何かあれば、私たちは聞いたり、調査する準備はできている。だが、我々は政治的動機による文化的な争いには関与しない」「また、この問題に関してSNS等で行われているヘイトスピーチや攻撃は到底受け入れられるものではない」と述べ、両選手を毅然と擁護する姿勢を示しました(素晴らしい)
 ICOのマーク・アダムズ報道官は2日、「これはトランスジェンダーに関する案件ではない。どういうわけか、男性が女性と戦っているかのような誤解から、混乱が生じている。これはそういうことではない。その点についてはコンセンサスが得られている。科学的にも、男性が女性と戦っているわけではない」と述べています。

 試合開始46秒で棄権し、試合後の握手を拒絶したアンジェラ・カリニ選手は2日、イマネ・ケリフ選手に「謝りたい」と語りました。
 イタリアの『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙に対し、カリニ選手は「この論争を悲しく思う」「対戦相手にも申し訳ない。IOCが彼女に試合で戦えると言ったなら、私はその決定を尊重する」と語り、試合後にケリフ選手と握手をしなかったことについて「そんなことをするつもりはなかった」「実のところ、彼女とみんなに謝りたいと思っている。あの時の私は、自分のオリンピックが終わってしまったことに腹を立てていた」と語りました。そして、ケリフ選手と再会することがあれば「彼女を抱きしめ」たいと付け加えました。

 当初ケリフ選手を”男だ”などと言っていたYouTuberのローガン・ポールは「私はXに誤った情報を広めた罪を犯したかもしれない。情報によればイマネ・へリフは生物学的には女性として生まれたという」と元投稿を削除し、謝罪・訂正しています。「イタリア人を代表して謝罪します」「ほとんどのイタリア人はあなたを応援しています!」

 
 「スポーツ指導に必要なLGBTの人々への配慮に関する調査研究」をまとめるなど、スポーツにおけるジェンダー・セクシュアリティの課題研究についての第一人者と目される中京大の來田享子教授(スポーツ史)は「性のありようは、高度なプライバシーに関わる情報です。当事者が自ら公表していないにもかかわらず、推測に基づき、「トランスジェンダーではないか」「DSDs(性分化疾患)ではないか」などと公然と論じることは、あってはならない行為です。確かに、「スポーツの公平性」をみいだそうとする議論は重要です。しかし、それは今回のように選手を傷つけるような形ではなく、競技関係者や専門家らによって冷静に行われるべきです」と述べています(全くその通りですね)
 來田教授にインタビューした朝日新聞の記事は、背景に「女性差別の歴史」があると指摘したり、セメンヤ選手をはじめ性別を疑う差別的な事例や参加資格をめぐる議論の歴史についてざっと振り返るなどしていて、たいへん有意義です。

(なお、スポーツの世界で性分化疾患やトランスジェンダーのアスリートをどう包摂するかについて、そもそも近代スポーツが内包する男性身体優位という制約から批判的に捉え直した『スポーツとLGBTQ+』という本がとても参考になると思います)

【追記】2024.8.7
 ロシア主導のIBAは5日、記者会見を行ない、クレムリンともつながりのあるオリガルヒ(新興財閥)のウマル・クレムレフ会長が「遺伝子検査で男性を示す結果が出た」などと主張しましたが、関係者の発言が矛盾していることもあり、状況はさらに混乱しただけでした。
 会見を受けてアルジェリアオリンピック委員会は「根拠のない主張」だと非難し、台湾教育部体育署は「IBAに対して厳重に抗議した」と発表し、IBAに対して法的措置を取る可能性もあると警告しました。



参考記事:
【パリ五輪】ボクシング女子の性別騒動 アルジェリア選手に「謝りたい」と途中棄権のイタリア選手(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cv2g2eqgr44o
性分化疾患を抱える女子ボクサーは「女性」だ...パリ五輪の性別騒動(ニューズウィーク)
https://www.newsweekjapan.jp/kimura/2024/08/post-268.php
波紋広がる女子ボクシング性別騒動 IOCバッハ会長が選手2人を擁護「女性を疑う余地ない」渦巻く誹謗中傷に批判(THE ANSWER)
https://the-ans.jp/paris-olympic/446948/
性別騒動の女性ボクサーが、“非難を受けるいわれがまったくない”理由。棄権した伊選手は「謝りたい。彼女には何の罪もありません」【パリ五輪コラム】(THE DIGEST)
https://thedigestweb.com/topics_detail13/id=84093
”性別問題”女子ボクサー・へリフがメダル確定!彼女を「男」と広めた超有名ユーチューバーら続々と謝罪(イーファイト)
https://efight.jp/news-20240804_1521696
パリ五輪ボクシングの性別騒動 何が問題だったのか #専門家のまとめ(Yahoo!)
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ad53c81787bfe3435dfe518b9fbf0d0ab12c62ca

ボクシング女子、性と出場資格めぐる議論 「公平性」模索の歴史(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASS824QVRS82OXIE02HM.html

五輪ボクサー性別騒動、アルジェリアがIBAの「根拠ない主張」非難(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3532599
五輪ボクシングの性別騒動、台湾当局がIBAへの法的措置示唆(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3532782

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