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豪連邦裁が女性専用アプリへの参加を拒否されたトランス女性の「間接差別」だとの訴えを認めました

 オーストラリア連邦裁判所が23日、トランスジェンダー女性のロクサーヌ・ティックさんが女性専用のソーシャルメディア・アプリへアクセスするのを拒否した運営会社に対し、賠償金1万豪ドル(約98万円)と裁判費用の支払いを命じました。連邦裁判所は、ティックルさんが特定の属性を持つ人が不利になる決定を下す「間接差別」の被害者だと認めたのです。オーストラリアの連邦裁判所でジェンダーアイデンティティに基づく差別の訴えが審理されたのは初めてだそうです。


 「Giggle for Girls」(giggleは「クスクス笑う」という意味)はオーストラリア人女性のサル・グローヴァー氏が個人で開発・運営している女性専用アプリです。SNSで男性から執拗な嫌がらせを受けた経験から「女性が安全な空間で自身の経験を共有できるオンライン上の避難場所」としてこのようなアプリを開発しました。男性が入ってこないようにするため、女性であることを証明する自撮り写真をアップロードし、AI顔認証を利用した性別認識ソフトによる写真査定を受けるシステムになっています。AI顔認証の正確性は94%で、女性と判定されたものの登録した人物がシスジェンダー女性ではないと判断した場合、運営者が手動で削除しているそうです。

 ティックルさんは2017年から女性として生活しており、性別再指定手術を受け、出生証明書などの公式書類はすべて女性に変えていて、女性の更衣室を使って女性のホッケーチームにも参加しています。法廷に提示した書類では「この件に至るまで、誰もが私を女性として扱ってきました」「時々、しかめっ面をされたり、じっと見られたり、けげんな顔をされることはあって、それはかなり不愉快ですが(中略)みんな私のすべきことをさせてくれます」と述べられていました。
 2021年、ティックルさんはこのアプリをダウンロードし、無事に参加することができましたが(つまりAIも女性だと認めましたが)7ヵ月後に突然、会員資格を取り消されたそうです。
 ティックルさんは「私が女性向けサービスを利用することは法的に認められた権利である、これはジェンダーアイデンティティに基づく差別であり、運営者の行為はオーストラリアの差別禁止法に違反する」として、運営会社とサル・グローヴァーCEOを相手取り、20万豪ドル(約2000万円)の損害賠償を求める訴訟を起こしました。宣誓供述書でティックルさんはグローヴァー氏による「執拗なミスジェンダリング」が「絶え間ない不安を生み、時に自殺願望」を引き起こしたと、「私やこの件に関するグローヴァー氏の公式声明は、苦痛を与え、失望させ、当惑させ、消耗させ、傷つけるものでした。これが私に対する憎悪に満ちたコメントを個人がオンラインに投稿することにつながり、同じことをするようほかの人たちを間接的に扇動しました」と述べました。
 
 オーストラリアでは2013年、性差別禁止法の対象に性的指向、性自認、インターセックスの状態による差別が追加されています。LGBTIQへの差別が法的に禁止されているのです。
 
 アプリ側の弁護団は裁判で一貫して、“性とは生物学的概念だ”と主張したそうです。彼らはティックルさんが差別を受けたことについては譲歩しつつ、それは性自認ではなく性別を理由としたものだとし、そのアプリ利用の拒否は「合法的な性差別」であり、ティックルさんを男性と認識しているグローヴァー氏がアクセスを拒否したのも合法だったと主張しました。
 オーストラリア連邦裁判所のロバート・ブロムウィッチ判事は23日の判決で、性は「変化しうるもので、必ずしも二つの要素で構成されているものではない」ということは判例で一貫して示されているとし、最終的にアプリ側の主張を退けました。そして、『ガーディアン』紙によると、裁判の期間中、グローヴァー氏が、SNS上に上がったティックルさんを男性であるかのように誇張したカリカチュアを見て嘲笑していたことや、裁判における態度も明らかに不誠実で、攻撃的で、侮蔑的であり、ティックルさんの訴えに回答する正当性を持っていなかった、とも述べました。
 ティックルさんは、今回の判決を聞いて「裁判の結果を喜んでいます。これがトランスや多様なジェンダーの人々の癒しとなることを望みます。裁定は、すべての女性が差別から保護されることを示しています」と記者たちに語りました。「私はトランスピープルに、あなたたちは勇気を持てるし、自身のために立ち上がることができると示すために裁判を起こしました。今、私の人生にようやく安らぎがもたらされ、友達とコーヒーを飲みながら歩いたり、ホッケーをしたり、この恐怖を後ろに追いやることができます」
 
 一方、グローヴァー氏は「残念ながら、私たちは予想していた通りの判決を受けた。女性の権利のための戦いは続く」とソーシャルメディアに投稿しました。「ティックル氏が女性だというのは法的擬制だ。出生証明書は男性から女性に変更されているが、彼は生物学的に男性であり、これからもずっとそうだ」「私たちはすべての女性のためだけの空間の安全のために、また、法律が反映すべき基本的な現実と真実のために立場を明確にしている」
 グローヴァー氏は裁判のなかでティックルさんの弁護人から「出生時に男性に割り当てられた人が、手術やホルモン治療、ひげの除去、顔の整形手術をしたり、髪の毛を伸ばし、化粧をし、女性の服を着て、自分は女性だと表現し、自分を女性として紹介し、女性用更衣室を利用し、出生証明書を変更して女性に性別を移行しても、あなたはそれを女性であるとは認めないのか?」と尋ねられても「認めない」と述べました。ティックルさんを女性の敬称「Ms」を付けて呼ぶことを拒否し、「ティックル氏は生物学的に男性だ」などと述べたそうです。
 
 グローヴァー氏は「トランス排除的ラディカル・フェミニスト(TERF)」を自称しており、「性別を変えられる人間は一人もいない」との考えの持ち主です。グローヴァー氏は裁判にあたり、弁護士費用をクラウドファンディングで募ろうとしたところ、既存のプラットフォームのほとんどが彼女の申請を拒否したそうです。
 
 BBCによると、今回の判決は他国にも影響を与える法的先例となる可能性があります。
 1979年に国連で採択された女性差別撤廃条約(CEDAW)は事実上、女性のための国際権利章典となっており、オーストラリアもこれを批准しています。アプリ側の弁護団はCEDAWによって男女それぞれの空間を含む女性の権利を保護する義務が課せられていると主張していました。したがって、トランス女性の排除は差別であると認めた今回の判決は、「CEDAWを批准するブラジルやインド、南アフリカに至る189ヵ国すべてにとって、重要な意味をもつだろう」とのことです。

 


参考記事:
「女性とは何か」、豪裁判所が画期的判決 女性専用アプリの使用拒否されたトランス女性の訴えを支持(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c2l1xpnd5j7o

Transgender woman Roxanne Tickle wins discrimination case after being banned from women-only app(The Guardian)
https://www.theguardian.com/society/article/2024/aug/23/roxanne-tickle-v-giggle-for-girls-transgender-woman-wins-discrimination-case-against-women-female-only-app-ntwnfb

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