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85歳の米退役軍人が死亡告知記事でカミングアウト
ニューヨーク州北部で暮らしていた退役軍人のエドワード・トーマス・ライアンさんが6月1日に85歳で亡くなりましたが、その死亡告知記事でゲイであることをカムアウトしました。
ハフポスト日本版によると、1週間後に地元紙『タイムズ・ユニオン』に掲載された死亡告知記事には、ベトナム戦争での従軍や、退役後の消防士としての活動、地元オルバニーでのラジオ局の立ち上げなど、ライアンさんの生涯を通じた功績が記されていましたが、その最後に、「もう一つ伝えたいことがあります」として次のようなメッセージが書かれていました。
「私はずっとゲイでした:小中学校、高校、大学、そして人生を通して。私はノース・グリーンブッシュのポール・カヴァニャーロを愛し、ケアし、パートナーシップを結んでいました。彼は最愛の人でした。私たちは素晴らしい25年間をともに過ごしました。ポールは1994年に医療過誤で亡くなりました。私はポールの隣に埋葬されることになっています」
「ゲイであることをカムアウトする勇気がなかったことを謝ります。家族、友人、同僚から排斥されるのが怖かったのです。私のような人間がどのように扱われているかを見てきたので、どうしても言えませんでした。秘密を伝えた今、私は安らかに永眠できます」
『ニューヨークタイムズ』紙によると、エドワードさんは亡くなる1ヵ月前、姪のリンダ・サージェントさんと夫のエドワード・サージェントさんに死亡告知記事の内容を見せましたが、二人はカミングアウトに驚かなかったといいます。エドワードさんは「リンダと私は知っていました」「おじはとても内向的な人で、(セクシュアリティについて)話したことはありませんでした。私たちがプライバシーの境界線を破ることはありませんでした」
ライアンさんの死亡告知はソーシャルメディアで拡散され、生涯隠さなければならなかったことを悲しむコメントが多数投稿されました。コメント欄にも「自分らしく生きられなかったことをとても残念に思います。誰も死後にカミングアウトせずに済むような時代になりますように」「気持ちを伝えるのに死ぬまで待たなければならなかったことを残念に思います。あなたは愛されていました。ポールと再会できますように」といった声が寄せられています。
姪のリンダさんは、こうした追悼メッセージについて「これはみなさんからおじへの敬礼でしょう。おじは他の人々に扉を開いたのだと思います」と『グッド・モーニング・アメリカ』の取材に対して語りました。
ライアンさんは1938年生まれで、従軍していた時代は、同性愛者は除隊処分になることもありました(米軍の同性愛者排除規定が正式に撤廃されたのは2011年、ライアンさんが73歳のときです)。80年代〜90年代のエイズ禍の時代(ライアンさんが45〜60歳の頃)、ゲイが苛烈な差別・バッシングに晒されていたことにも恐怖を抱いたことでしょう。そして56歳のときに最愛のパートナーを失くし、悲嘆に暮れ、(まだエイズ禍のさなかだったこともあり)新しいパートナーを見つけることも難しいかったのではないでしょうか。
ライアンさんが暮らしていたオールバニーはニューヨーク州の州都とはいえ、かなりの田舎町で、マンハッタンとは全く違う、世間が狭い、カムアウトしづらい環境だったと思います。
「生涯隠さなければならなかった」と書かれていますが、誰にも言わないまま「墓場まで持って行く」方も多いなか、こうして最期に、勇気を持って、堂々とカムアウトし、(もしかしたら姪たちから拒絶されていたかもしれないのに)姪たちにも伝えていたというのは、素晴らしいことですよね。これをプライドと言わずして何と言うのでしょうか。
ライアンさんがプライド月間が始まる6月1日に天に召されたのは、きっとライアンさんのプライドを祝福する神様の思し召しだったのではないでしょうか。
参考記事:
85歳の米男性、死亡告知でゲイをカミングアウト「疎外されるのが怖かった」(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6670d3a8e4b0502eac6427e8
Edward Thomas Ryan(Legacy.com)
https://www.legacy.com/obituaries/name/edward-ryan-obituary?pid=207069905