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「不同意性交等罪」が成立、多様な性被害の実態を反映し、手指や物の挿入も対象へ

 16日、落胆や憤りを感じる方も多かったLGBT理解増進法が成立しましたが、その一方で、LGBTQコミュニティ(特に女性)にとって朗報となるような法案も成立していました。それは性犯罪に関する改正刑法です。明治期の法制定時から罪の要件が「男性器の挿入」に限られていたのが今回、手指や物の挿入も対象となりました。LGBTQの存在、多様な性被害の実態が反映されたものです。
 
 
 今回の刑法改正のポイントをまとめます。
 現行法では、暴行や脅迫を用いた性交は「強制性交罪」、酒を飲ませるなどして心神喪失・抗拒不能にさせれば「準強制性交罪」を適用するとしていましたが、これは被害者の抵抗が「著しく困難」でなければ成立しないと解釈され、無罪とする事例も出ていました。被害者側は、恐怖から体が硬直して抵抗できない場合もあると訴え、見直しを求めていました。今回の改正では、成立要件を明確化し、「暴行・脅迫」「心身の障害」「アルコール・薬物の使用」「睡眠など意識不明瞭」「意思を示す暇がない」「恐怖・驚愕」「虐待」「経済的・社会的地位の利用」という8つの行為や状況を具体的に例示し、被害者を性的な行為に同意しない意思の「形成」「表明」「全う」が困難な状態にさせることを要件としました。
 さらに、「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ罪」も統合し、「不同意わいせつ罪」としました。配偶者間でもこれらの罪が成立することを明文化しました。
 公訴時効は、不同意性交罪は10年から15年、不同意わいせつ罪は7年から12年に延長、18歳未満で受けた被害は、18歳になるまでの年月を加えてさらに時効を遅らせます。
 性行為同意年齢は13歳→16歳に引き上げます。
「性的グルーミング罪」が新設されました。わいせつ目的であることを隠し、16歳未満の者を懐柔し、会うように仕向ける行為などを処罰するものです。
「撮影罪」も新設されました。性的な部位や下着の盗撮などを処罰するものです。
 
  
 性犯罪をめぐっては2017年、被害者を女性に限定していた強姦罪に代わり、強制性交等罪に名称が変わり、男性も被害の対象として認められるなどの改正が行なわれましたが(詳細はこちら)、対象の行為は膣や肛門への「男性器の挿入」のままでした。
 今回の改正では「膣か肛門に、身体の一部か物を挿入するわいせつな行為」が追加されました。法定刑は5年以上の拘禁刑で、物などの挿入についてこれまで適用されていた強制わいせつ罪(不同意わいせつ罪に改定)よりも重くなります。
 刑法改正をめぐる法制審議会(法相の諮問機関)部会の委員で、性暴力被害の実態を研究する上智大の斎藤梓准教授(臨床心理学)は、「挿入したものによって適用する罪を区別するのは、加害者側の視点だと感じていた。ようやく被害者側の傷つきが考慮された」と評価します。挿入されたものが何かわからなかったという子どもの被害も珍しくなく、女性間の暴力などで性器に物を挿入されるケースもあります。
 部会では、性器と物を同等に扱うことに異論も出たそうですが、斎藤氏は「人目に触れない部分に何かを挿入される行為は、強い嫌悪感や恥辱感、苦痛を与える。物であっても深刻だ」と強調します。
 LGBTQへの暴力根絶を目指す「Broken Rainbow Japan」(以下BRJ)の岡田実穂代表は、改正を歓迎する一方、被害者の性別が不問となった2017年の改正後も多様な被害の実態が性暴力の支援現場ですら浸透されていないと指摘し、「社会の認識が変わらないと意味がない。啓発を怠ってきた国や自治体は新制度をしっかり発信するべきだ」と訴えました。
 
 BRJには、人の尊厳をふみにじるような「触られるだけありがたいと思え」「(セクシュアリティを)直してやる」といった言葉を浴びせられた被害者からの相談が絶えないといいます。
 2019年、宝塚大の日高庸晴教授(20年超にわたってゲイ・バイセクシュアル男性のセクシュアルヘルスやメンタルヘルスについて調査してきた方。ゲイ・バイセクシュアル男性の自殺未遂リスクが異性愛男性の約6倍に上るという有名なデータも日高氏の調査によるものです)がライフネット生命保険の委託研究でLGBTQ約1万人を対象にした調査では、約4割が被害経験があると回答していました。「性器や胸など体を触られた」が約22%と最多で、肛門や膣への挿入の被害もありました。
 BRJ代表の岡田実穂さんは、性暴力はどのような属性でも起こるとしたうえで、「LGBTQの被害は差別が根底にあることが多い」と指摘、もともと自らのセクシュアリティを明かしていない人が多く、弱みに付け込まれる例が目立ち、嫌悪(フォビア)に基づく被害もあるそうです。「社会的に弱い立場に置かれやすい人は加害者にとって支配しやすく、暴力の標的にしやすいのです」
 こうした困難や背景を理解し、対応できる受け皿は、決して整っているとは言えないのが実情です。
 BRJは2021年、全国のワンストップセンター運営組織に調査を実施し、31団体から回答がありましたが、そのうち、LGBTQへの対応が可能だとしたのは9団体で、具体的な研修をしているのは7団体にとどまっていました。回答からは「相談員ごとのスキルの差」のほか、医療機関でも婦人科以外との連携が進まないなど体制面の課題も浮かびました。内閣府の担当者は「地域によって連携先が限られているのが実情」と話しています。
 警察庁は、性犯罪捜査に関わる警察官向けの講義で、LGBTQへの理解促進を図っていますが、一方で、犯罪被害者の相談窓口を持つ日本司法支援センター(法テラス)では研修の例はなく、本部担当者は「事例が少なく、検討できる材料が乏しい」としています。
 2017年の刑法改正時、LGBTQや男性の性暴力被害者をめぐって「偏見に基づく不当な取り扱いをしない」との付帯決議がなされましたが、現場に浸透しているとは言えない状況です。

 せっかく勇気を出して相談したのに、LGBTQへの理解がない担当者のせいで、二次被害に遭ってしまうケースもあります。
 昨年6月、日本司法支援センター(法テラス)に電話相談した俳優の真川怜さん(仮名)は、電話口の女性弁護士に「LGBTQは特殊なので」「客観的に見たら同意があったと言われるかも」と言われ、愕然としたそうです。真川さんはノンバイナリーで、アセクシュアルでもあります。それを知っていた男性演出家から、半年の間に計8回の性暴力を受けました。警察の聴取では、セクシュアリティを理解してもらうために過去の交際相手との行為まで説明せざるをえませんでした。「性的少数者にも対応する」と掲げる性暴力被害者向けのワンストップセンターに心身の不調を相談するも、スタッフは対応できる病院を把握していませんでした。そんな対応が重なり、真川さんは「今までの人生を踏みにじられたようだった」と感じました。真川さんは心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいます。「性自認や性的指向を軽視されるのは、生きることを否定されるのと同じ。一人の人間、被害者として見てほしいのに」
 
 日高教授は「LGBTQはもともと差別や偏見で精神的健康を害する傾向があるが、性被害後に支援機関などで適切に対応されないことで、より悪化しかねない」と危惧します。支援につながらないことで、被害を受けた当事者の孤立や傷つきは、より深刻化しかねないのです。
 BRJの岡田さんは、「行政や支援団体には性暴力のありようの多様さを理解し、当事者が安心できる支援体制づくりをしてほしい」と求めました。
 
 

参考記事:
改正刑法など成立 強制性交罪は「不同意性交罪」へ 要件を明確化(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR6J3DCCR6GUTIL01D.html
性行為の「挿入」規定見直し、指や物も処罰対象に「被害者の傷つき考慮された」 改正刑法(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/257161
性暴力被害者は「女性」だけじゃない…LGBTQへの無理解が2次被害を生む(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/257339
LGBTQへの性暴力被害は潜在化しやすい…暴力の標的にされやすく、相談先も限られる(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/257346

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