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3つの案が提出されたLGBT法案、今国会での成立は不透明な情勢に
5月30日の「結婚の自由をすべての人に」訴訟の名古屋地裁による違憲判決によって、国が同性婚法を制定すること(婚姻の平等化)がますます強く求められることになりましたが、一方、国会に提出されているLGBT法案がどうなるのか、3つの案が国会できちんと議論されるのか、今月21日までとなっている今国会で成立するのかということも問題です。
6月1日の時事通信の記事によると、議員立法は原則、全会派一致での議決が慣例ですが、各党はそれぞれの案を譲る気配がなく、審議入りすら見通せない状況です。自民保守派は与党案にすら難色を示しており、仮に与野党間で3案の一本化が図られても、自民内の審査は紛糾必至。このため、党内では「国民の関心は薄れており、たなざらしにすればいい」(中堅)との声が強まっているといいます。
5月30日、公明の山口代表は首相官邸で岸田首相と会談した際、法案成立に向けて「合意形成を進めたい」と迫りましたが、岸田総理は「政府の対応はすでに一貫している」と応じるだけでした。自民党の高木毅国対委員長も同日、維新の遠藤敬国対委員長と国会内で会談した際、与野党3案の取扱いについて協議したものの、結論は出ず、同日の衆院議院運営委員会理事会でも議題に上がりませんでした。
法案を審議する衆院内閣委員会理事を務める立民の青柳陽一郎氏は、同日の党会合で、早期の審議入りを求めてきたとしたうえで、「全く連絡すらない」「与党は審議する気がないと思わざるをえない」と批判しました。
維新は「膠着状態こそ存在感発揮のチャンス」(幹部)とみて、各党に審議入りを働きかける構えです。ただし、突破口が開ける兆しはなく、維新と足並みをそろえる国民からも「3案も出てしまうと動かない。(次の国会で)仕切り直した方がいい」(幹部)との声が上がっています。
G7広島サミットの首脳宣言で「あらゆる人々が性自認、性表現、あるいは性的指向に関係なく、暴力や差別を受けることなく、生き生きとした人生を享受することができる社会を実現する」と明記されたことで、議長国としてこの国際的な約束をどう果たすかが問われています。
サミット開催中、広島市でP7と一緒に行動し、記者会見を行なったりしていたW7(ジェンダー平等に関するエンゲージメント)の共同代表・三輪敦子さんは、「今の法案ではG7各国と同レベルに達していない。流れを逆行させる議論には丁寧に対応し、人権を尊重し筋道が通った法律を作ることが重要だ」と述べています。
認定NPO法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さんは、こうした現状について「他国に比べ周回遅れ」「とにかく早く理解増進法を成立させ、同性婚など次に進めてほしい。当事者にとって法律は命に関わる」と語っています。
国際人権法に詳しい青山学院大の谷口洋幸教授は、「国内でも同性婚を認めるべきだとの意見が多数あるのに、国民の理解不足を理由に議論を進めないのは論理的に成り立たない。法整備が遅れている責任を国民に転嫁するものだ」と述べています。
一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんは、3つの案の内容を整理・比較したうえで、問題点や懸念点を指摘しています。
国に対して理解増進のための「調査研究」を義務付けていたのを「学術研究」に修正した与党案・維国案については、「理解を広げるためには、国勢調査をはじめとした公的な調査によって、多様な性のあり方の実態や、差別の現状を明らかにすることが重要だ。しかし、こうした実態が明らかになってしまうと都合が悪いのか、調査ではなく「学術」研究に修正されている点に大きな懸念がある」「この規定について、「LGBT問題に関する学術研究に基づく科学的知見・根拠を踏まえた『正しい理解』を増進するガイドラインを作成する必要がある」と主張している高橋史朗氏は、2000年代にジェンダーフリーや性教育に対するバックラッシュを率いた主要メンバーの一人であるという点を確認しておきたい。このバックラッシュによって日本中の性教育が阻まれ、今なお「はどめ規定」など適切な性教育が阻害されている現状がある。LGBTに関しても同様の狙いがあることは注視すべきだろう。この「学術研究」も、非常に恣意的な学術研究とされる懸念がある」と指摘しています。
学校での理解増進について、超党派原案では「学校設置者の努力」という項目で学校に対して施策を求めていたのを、与党修正案では、項目名を削除し、企業に求める施策の中に位置付けており、松岡さんは「学校での理解を広げたくないかのような修正がされたと言わざるをえない。少なくとも、このメッセージを行政はプラスには受け取らないだろう」と述べています。さらに維国案で「保護者の理解と協力」が必要という文言が加えられたことに「あえて「保護者の理解と協力」という修正を加えることで、現場を萎縮させ、学校での理解増進を阻むことにつながってしまう懸念がある」としています(「保護者の理解と協力」を持ち出した背景には米国の保守的な州で性の多様性について学校で教えることに対して一部の保護者と衝突していること(フロリダ州の「ゲイと言ってはいけない法」もそうした流れの上に成立した)があるようです)
さらに、維国案で「男性が、自らを女性だと“自称”さえすれば女性用トイレや更衣室に入れるようになってしまう」「女性用トイレがなくなってしまう」などという昨今流布されているデマに基づいて「すべての国民の安全に配慮」という条項を設けたことについて、「特定のマイノリティが抑圧を受けている問題に対し「すべての人が」と普遍化することは、問題から目を逸らすものであり、差別や偏見の解決にはつながらない」「性的マイノリティが抑圧されている社会の不均衡や不平等を無視・軽視し、「すべての人の安心に留意」とするのは、「マイノリティの人権や尊厳は、どこまでいっても多数派が認める範囲でしか守られない」というメッセージを発信することになるだろう」と批判しています。
そして、「首相秘書官の差別発言を発端に、G7広島サミットまでの法整備が叫ばれ、実際に動きが進んだ。しかし、その合意は自民党内の強硬な反発で反故にされ、議論すればするほど法案は後退。G7広島サミットで日本が性的マイノリティをめぐる法整備について努力しているという「ポーズ」を見せるために、サミット前に与党のみによって法案が提出された。野党側は当初の合意案を提出するも、維新と国民はこれに応じず、与党の修正案をさらに後退させた案を提出するという事態になった」とこれまでの流れをまとめ、「サミットの場でポーズさえ見せれば事が済むわけがなく、法整備という行動によって示すことが求められる」と結んでいます。
前衆院議員で、2021年に衆議院法制局から同性婚の法制度化について「憲法上の要請であるとの考えは十分に成り立ち得る」との見解を引き出すなどの功績を残した尾辻かな子さんは、LGBT理解増進法案をめぐる議論のなかで、差別禁止を明確にうたうことを避けてきた、その背景に何があるのかという点について朝日新聞に寄稿しています。
尾辻さんは「そもそも、「理解増進」が政治の役割なのでしょうか。「理解」というのは、個人の内面、つまり「気持ち」の問題です。あいまいで、何をもって「理解が進んだ」と言えるのかわかりにくい。政策目標を作ることも、効果をはかることも難しいでしょう」と指摘しています。「マイノリティにまず保障すべきものは、「周りの理解」ではなく人権です。「人権三法」と呼ばれる障害者差別解消法、部落差別解消推進法、ヘイトスピーチ解消法は全て、その法律の名称に人権侵害である「差別」を掲げています。「差別はある」という認識のもとで、それを解消してゆく。それなのにLGBTに関しては、法律名に「差別」という言葉が入っていません。条文の「差別」という言葉をめぐっても、大いにもめました。人権課題に優劣をつけている」
また、「正面から差別禁止を規定しない法律ができれば、逆に「それ以上のものをつくらなくていい」という人権のストッパー役を果たしてしまうかもしれませんし、既に自治体レベルで進んでいる差別禁止条例の足かせにもなりかねません」とも指摘します。
そして、憲法で平等に保障されている人権を奪われている人たちに対して、奪われている権利を回復することが政治の責務であるはずなのに、一部の議員が平気で権利保障に反対できてしまうのは、「「かわいそうだから助けてあげよう」という家父長主義のマインド」があると指摘しています。「制度を変え、社会を平等にし、マイノリティが自己決定できるようにするのではなく、「与える立場」からマイノリティの問題を考えています。そして「与えてあげる」と思っているから、権利保障に反対もできてしまう」「政治の役割は、制度におけるハードルや差別をなくし、平等な社会を構築することです。法律も、そのためのものであるべきです。「理解増進」では、全く不十分です」
さすがは前衆院議員。政治の根本、基本原則を思い起こさせながら、平易な言葉でこの問題の根っこにあるものを明らかにし、人々に理解を増進させています。
この記事に対して、朝日新聞編集委員の石合力さんは、「例えば「同性婚を認める」という表現があります。「認める」という日本語には「これまでできなかったものを認める、許可する」といったニュアンスがあります。一方、同性婚を認めるという表現で使われる英語は「legalize(リーガライズ)」という動詞です。「許可する」というよりは「法制化する」という表現が本来の意味であり、より中立的な表現だと思います」「記事などで「同性婚を認める」と書くことで、無意識のうちに「権利を与えてあげる」側に立っていないか――。ほかにも気になる表現があるかもしれません」とコメントしていました。
LGBTQコミュニティ内でも見方は様々で、全く十分じゃない法案だとしても少しでも守られるのなら早く成立してもらったほうがいい、と考える方もいれば、問題だらけの法案で逆に(尾辻さんも指摘しているように)人権のストッパー役を果たしてしまう懸念すらあるので通らないほうがいい、と考える方もいらっしゃることでしょう。
長年LGBTQの権利回復運動に携わってきた松岡さんや尾辻さんのような当事者の立場で考えられる方たちの意見に耳を傾けながら、情勢を見守っていきましょう。
参考記事:
LGBT法案提出も成立不透明 当事者「周回遅れ」 同性婚訴訟(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023053000548
LGBT法案「三すくみ」 こう着状態で成立見えず(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023053101067
「大型サイド」LGBT法案 「差別解消につながらず」 当事者・女性団体が批判(信濃毎日新聞)
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2023053000139
LGBT法案、異例の「3つの案」で混迷。今国会成立の見通し立たず(Yahoo!)
https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuokasoshi/20230530-00351531
「理解」はしてあげてもいいけど…LGBTへの差別禁止を嫌がる理由(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR5Y4FTTR5TUPQJ00N.html