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差別者配慮の法案が採択、LGBTQ団体は「当事者が不幸になる」と危機感

 LGBT法案が9日、衆議院内閣委員会で審議入りへとのニュースでお伝えしていたように、本日、LGBT理解増進法案について衆議院内閣委員会で審議が行われたものの、審議が始まるのに先立って、自民・公明両党と維新・国民民主の4党の国会対策委員長が会談し、「与党案よりもひどい」と批判されていた維国独自案の内容を盛り込んで与党修正案をさらに修正するという寝耳に水の、驚くべき展開となりました。
 この案の主な修正点は、与党案で「性同一性」としていたところを「ジェンダーアイデンティティ」に変更し、また、「すべての国民が安心して生活することができるよう留意する」という、あたかも性的マイノリティがマジョリティの安全を脅かすかのような存在とみなす「牽制」のような文言を加え、さらに、学校教育による性的マイノリティへの理解増進について「家庭や地域住民、その他関係者の協力を得る」との文言など、新たな留意事項や制限事項がさまざま盛り込まれました。
 立憲民主党は「修正案が出てきたのは今朝であり、もっとしっかり中身を議論すべきだ」と、同党の中谷一馬議員は「当事者の意見を聴いた形跡もなく、(超党派議連案に示された)本来の趣旨をないがしろにしている」と批判しました。共産党も「多数派が認める範囲内でしかマイノリティの人権・尊厳は認められないとのメッセージになりかねない」と批判したほか、野党からは「当事者の安心を脅かすかのような表現だ」「学校現場を萎縮させかねない」といった批判もなされましたが、十分な議論が尽くされないまま、この維国案丸呑みの与党修正案が採択されてしまいました。
こちらで国会中継の録画映像をご覧いただけますが、本日の衆議院内閣委員会は、男の体を持った人が心は女性だと言ってお風呂やトイレに入れるようになるのではないかという、根拠のないデマ(トランスヘイト)に基づいた質問から始まるという地獄の展開でした)
(法案の条文は、こちらに掲載されています)

 委員会の採決のあと、立憲民主党の泉代表は記者会見で「自民・公明両党と維新・国民民主によって、超党派の議員連盟でまとめた案よりも後退した案が可決されるのではないかという状況は本当に残念だ。まさか野党側が崩れて与党側に乗るということは想定していなかった。『性自認』という表現のわれわれの法案がベースであるべきだ」と述べました。
 同党の安住国会対策委員長は記者団に対し、「日本語に訳すと面倒くさいから『ジェンダーアイデンティティ』という英語をそのまま法律に使うことは、日本の保守政治家のやることではなく恥ずかしい話だ。日本の法律史上、まれにみる汚点になる」と批判しました。
 共産党の田村政策委員長は記者会見で「超党派の議員連盟と当事者で議論を重ねてきた方向から遠ざかるほうへと事態が進んでしまったことは極めて重大だ。差別と偏見を助長しかねないものになっていて、参議院では、当事者も含め、十分に時間をとって審議を行なうべきだ」と述べました。

 日本大学大学院の鈴木秀洋教授はこの法案の提出過程の報道に驚いたといい、「この法案は、学校でのいじめや就職時における差別、職場での差別的取り扱いを解消するのが目的だったはずだが、その目的があいまいになってしまった」と指摘しています。「実際に学校の現場などで、「男らしさ」「女らしさ」の基準から外れる子どもが虐待や指導を受けるといった事例がある。本来、こうしたエビデンス(根拠)を立法事実として、その解決のために目的や基本理念を掲げ、国や地方自治体の役割などを定めるのが法律だ。一つの法律が、全ての問題を解決するわけではない」「もともとの法律の目的に立ち返り、憲法13条の幸福追求権や14条の差別禁止の理念を具体化するための法案だという位置づけを明確にするべきだ」
 学校での理解増進に「保護者などの理解と協力を得て」との文言が加えられた点についても、「保護者の理解の有無や程度の把握が求められることになり、学校現場の教員に困難を強いる」「たとえば、保護者に1人でも反対があれば、理解を増進する教育ができないのだろうか。子どもを権利主体とするこども基本法や児童福祉法の基本理念にも反する」と批判しました。
「すでに自治体では、10年にわたって丁寧な取り組みを積み上げてきている。LGBT理解増進法案は、自治体の好事例を後退させることなく、地域による命の保障の差異をなくすよう、国としての確固たる土台づくりであってほしい。そのためには、留意事項や制限事項を入れずに、もう一度立法目的に立ち返って、性的少数者に安全と安心のエールを送る法案を作らなければならないだろう」

 本日夕方、LGBT法連合会、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、「結婚の自由をすべての人に -Marriage For All Japan」のP7を担った3団体が記者会見を開き、「この法案は理解を阻害しかねない」「危機感を覚える」と厳しく批判しました。
 LGBT法連合会の神谷悠一事務局長は、「崖から突き落とされたような気持ちです」と語りました。「取組みを押さえつけるための修正になってしまっていると申し上げたい」「自治体のLGBTQ施策について、直接的に取組みを規制するものではないが、指針を定め、ある種の忖度をさせるものになっています」「トランスジェンダーを差別から守る法律を実現した諸国で性犯罪が増えたという統計は世界中探しても見当たらないが、そのような実証データがないことに基づいて修正し、条文を作っていることにショックを受けています」「いったい誰を向いて法案を作っているのか」「当事者が何に困っているのかという視点がなく、マイノリティに「わきまえて」と言っている」「保守派からLGBTQの“行き過ぎた権利拡大”に懸念が出たことからこのような修正になったと伺っている」「これまでの先進的な取組みを萎縮させるもので、このままの法案だと、大変なことになります。当事者が不幸になる法案です」
 LGBT法連合会の林夏生代表理事は、沈痛な面持ちで「地方の当事者の生きづらさ、「故郷を帰れる街にしたい」との思いをずっと見てきて、法律を心待ちにしていた方もいたのを知っている。だからこそ、このような法案が採択されたことに愕然としています。悲痛な分断を招きます。引き裂かれる思いです」「すべての国民の安全に留意しなければいけない、と書かれています。LGBTQ当事者が、自分は安心を脅かす存在なのかと思ってしまいそうで、本当につらい。胸が張り裂けそうだ」「保護者の理解という文言が追加された。そもそも理解を増進するために取組みが必要なのに、保護者から理解されない限り、教育や啓発ができないということになる。今まで偏見によって歪められていて、だからこそ知ってほしいのに、偏見を持った保護者に何か言われたら、取組みを進めることができなくなってしまいます」「いったいこの法律で何ができるのか」「コミュニティの期待を裏切る法律になってほしくない」
 ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗氏は、「すべての人の差別を禁止すること、差別から守ることは国の義務であり、国家の国際条約上の義務でもあります。だからこそLGBTQ差別禁止法を作るべきだと、当事者とともに求めてきました。しかし、残念ながら、政府の議論は国際条約上の義務には遠く及ばないものです」「国会で話し合って制度をつくる以上、妥協も事実としてあるのは承知していますが、だとしても、踏み越えてはいけない一線が人権です」「マイノリティを押さえつける意味を持つ法案が、今後、どのように社会に影響を与えるのか、危機感を覚えます」と語りました。
 Marriage For All Japanの寺原弁護士は、「昨日「結婚の自由をすべての人に」訴訟5地域の判決が出揃いましたが、「いま同性カップルがおかれている状況が非常に過酷で、個人の尊厳を侵害しているので、国会は速やかに議論を」とすべての判決で言っています。そのような司法の判断と相反すると強く感じます」と語りました。「2021年3月の札幌地裁判決で、反対派の意見は限定的でよく、そうじゃないとマイノリティの人権の保護ができないと明らかにされています。なのに、今回、マジョリティの安心という文言が入りました。こんな法律は今までありません。「いき過ぎた条例を抑制する」という声も上がっていますが、そこに差別禁止やパートナーシップ制度も含まれるのではないか、同性カップルの関係性の保障という観点からも、今回の改悪に懸念を覚えます」「国会は、司法から突きつけられた責務を直視し、きちんとマイノリティの権利を議論してほしい」
 同じくMarriage For All Japanの松中権氏は、「今日、国会の公聴に行きました。国会議員が、マジョリティの人権、マジョリティの配慮と、何度も言っていて、この法律は、いじめや差別にあってきた当事者のための法律のはずなのに、マジョリティのことしか考えていないんだと感じ、苦しくなりました」と語りました。「2年前、超党派LGBT議連で各党が合意をしたにもかかわらず、一部の自民党の議員の反対で実現できず、期待を裏切られた気持ちでした。いままた裏切られた気がして、苦しいです」「民間の自発的な取組みという箇所が削除されたことは、企業でLGBTQの理解を広げていく活動を引っ張ってきた方たちの思いを制限することになると思い、悲しみと怒りを覚えました」「当事者不在のままで、この法案が通るのではなく、当事者が安心して暮らせる社会を目指してほしいです」
 これまで何年もLGBTQ差別禁止法や婚姻平等などの実現を目指して活動してきたみなさんは、何度となくこうした記者会見を開いてきましたが、今回ほど悔しさや悲しみがにじんだ会見はありませんでした。

 
 法案は13日に衆院を通過し、16日にも成立予定と報じられていますが、本当に、このような「差別増進法案」がこのまま通ることだけはあってほしくないと、コミュニティから早速、動きが起こっています。12日月曜日、LGBT差別増進法に抗議する緊急大集会と題した集会が、国会正門前で開催されます。
 
LGBT差別増進法に抗議する緊急大集会 -これはLGBTQ+の命の問題です-
日時:6月12日(月)19:00-21:00
場所:国会正門前
主催:LGBTQ+国会 議会運営委員会




参考記事:
LGBT法案 衆院内閣委で与党案の修正案可決 来週にも衆院通過へ(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230609/k10014094521000.html
LGBT修正案「日本の法律史上、まれに見る汚点」立憲・安住氏が批判(FNN)
https://nordot.app/1039768302679408797?c=516798125649773665
LGBT法案「危機感覚える」=衆院委可決で支援者団体会見―東京(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023060901048
LGBT法案、与野党4党が修正合意 首相指示で急転(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA08DOO0Y3A600C2000000/
LGBT法案、自民が維新国民案を「丸のみ」 裏に首相の指示(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20230609/k00/00m/010/346000c
LGBT法案、目的はどこへ? 行政法学者が見た問題点(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR685VWWR5YUTFL011.html
LGBT法案修正 保守派配慮で折り合い 多様性理解の理念後退(北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/859483
自民が維新&国民案を丸のみ可決 LGBT与党修正案に支援者団体は「当事者が不幸になる内容」(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202306090001583.html

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