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魂を揺さぶる名文:李琴峰「LGBT迫害から立ち上がる シドニーで見た歴史への敬意」
多くの方たちが絶賛していますが、2021年に芥川賞を受賞した作家の李琴峰(り・ことみ)さんが朝日新聞に寄稿したコラムが本当に素晴らしかったです。魂を揺さぶる名文だと感じます。
李琴峰さんは今年のマルディグラ(ワールドプライド)に沸くシドニーで体験した様々なエピソードを振り返りながら、日本の今のトランスヘイトやLGBTQへのバックラッシュの状況へと思いを照射します。
冒頭、ボンダイビーチの崖の上に設けられた追悼記念碑のことに触れています。その記念碑の金属板には〈世界中の全ての都市の過去には深く暗い秘密がある。しかしこの類いの恥ずべき事件があったことは最終的に認められなければならない。そうしてはじめて、過去に苦しんだ人たちは、自身の苦しみがようやく認識されたと感じることができる。シドニーも例外ではない〉と綴られています。そこはかつて、1970年代から90年代にかけてハッテン場であり、ゲイバッシング(“ホモ狩り”)が繰り返され、約90人ものゲイ・バイセクシュアル男性やトランス女性が殺害された場所だったのです。警察は“殺されて当たり前の連中”とみなし、「事故」や「自殺」で片づけたといいます。ここだけで涙が出そうになります。
今や世界一華やかなパレードの一つと称えられるマルディグラのパレードですが、始まりは、そうした時代に立ち上げられた抗議デモでした。1978年、約2000人の同性愛者たちが「バーからストリートへ!」「ゲイ、女性、黒人に対する警察の攻撃をやめろ!」と叫び、同性愛の非犯罪化を求めて行進しました。警察フロートのトラックを没収し、参加者に殴る蹴るの暴力を加え、53人を逮捕し、計184人が拘束されました。「逮捕者は全員不起訴になったものの、彼らの名前は新聞に掲載され、職を失った人もいた」
現在もマルディグラのパレードの先頭は、1978年の抗議デモとしてのプライドパレードに参加した「78ers」です(みなさんご高齢なので、バスが出たりしています)。そしてさらにその先頭に、先住民の方たちのフロートがあります。オーストラリアでは今でも、「先住民への敬意を表す儀式」が繰り返し行なわれます。「迫害の歴史を決して忘れまいという強い意志を感じる。過ちを認めてはじめて和解が可能になる。しかも、そのような承認は何度も何度も繰り返し行われなければならない。記憶する努力を怠れば、過去はいとも簡単に薄れ、迫害の歴史が繰り返されるからだ。「歴史への敬意」が、そこにある」
「世界から祝福されているような陶酔感と高揚感に浸っていた」李琴峰さんが帰国する前日、日本のSNSの投稿が彼女を「一気に現実に引き戻し」ました。「#日本を滅ぼすLGBT法案」がトレンドになり、LGBT理解増進法に反対する人たちが、「ペニスのある人が自由に女湯に入れるようになる」などと投稿していました。
李さんはおそらく今まであまり自身のセクシュアリティのことを強調したりはっきり言及したりしていなかったと思うのですが、ここで「自分のセクシュアリティーに気づいてから、私は気が遠くなるほどの時間をかけてLGBTの歴史を勉強した」と語り、これまでの同性愛者への迫害の歴史をひもときます。ナチスドイツで強制収容所に送られ、ホロコーストの標的となり、50年代の米国で「赤狩り」に遭い、長い間、犯罪者として扱われ、“病気”を“治す”ために収容所に送られ、電気ショックや矯正レイプを受けたり、“エイズをはびこらせる元凶”と見なされたり――。(本当に身につまされるというか、僕ら同性愛者の受けてきた差別・迫害がどんなものだったかということが、見事に凝縮されて綴られています)
そして、2015年に米国全土で婚姻平等が実現してのち、宗教右派がトランスジェンダーを攻撃のターゲットに変え、「Tは女性の安全を害する」「性犯罪を助長する」などと主張し、「トランスはいわばてこの支点となり、攻撃者はトランスをやり玉にあげ、LGBT全体の権利を否定しようとしている」と指摘します。「LGBTが一緒くたに迫害され、そして連帯して戦ってきた歴史を抹消し、分裂を狙っている」
日本も例外ではありません。そして、李さんは(映画『ミルク』をご覧になった方はご存じだと思いますが)1970年代米国でアニタ・ブライアントが「子どもを救おう」とい言って同性愛者の教職追放を訴えたことを引き合いに出しながら、「歴史は一つの指針になる。LGBTがどんな差別にさらされ、どのように共闘してきたか。歴史の鏡を眺めれば、おのずと答えは浮かび上がるだろう」と語ります。
「かなうものなら、「#日本を滅ぼすLGBT法案」を投稿した人たちに、私はマルディ・グラの景色を見せてあげたかった。LGBTの人権が日本よりずっと進んでいるオーストラリアは、何も滅びていない。シドニーの晴れ空の下で開催される虹の祭典、そこにあふれんばかりの笑顔を、ほんとに、見せてあげたかった。そしてこうも思う。この景色を、「遠い外国のこと」にしたくない。そのためには、歴史を学び、繰り返し伝え、記憶し続けなければならない」
「記念碑の名は、「Rise」――蜂起する、立ち上がる、の意だ。LGBTは人間の歴史を通して一緒くたにされて迫害を受け、それでも何度も強く立ち上がって闘ってきた。これからも連帯のために手を携えて生きていくだろう。私はそう信じている」
一言一句に魂が感じられ、心ふるわせる、稀代の名文だと思います。
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参考記事:
LGBT迫害から立ち上がる シドニーで見た歴史への敬意 李琴峰(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR524Q7KR3ZUPQJ00Z.html