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トランスジェンダー差別助長につながる書籍の刊行が中止に

 KADOKAWAは5日、来年1月24日に発売予定だった書籍『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(アビゲイル・シュライアー著、岩波明監訳、村山美雪・高橋知子・寺尾まち子共訳)の刊行を中止することを発表しました。トランスヘイトを煽る悪質な本を翻訳して広めることに対する非難や抗議が相次いだことを受けての措置です。


 この本の原書は、2020年に米国で出版された「Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing our Daughters」(直訳すると「不可逆的損傷:我々の娘たちを性的に誘惑するトランスジェンダーの熱狂」)という本で、北丸雄二さんによると「ずいぶんと雑な論拠と推論が批判されて全米書店協会が販売したこと自体を謝罪したり。そのせいもあって話題になって結構売れた本。トランスフォウブのネタ本みたいな存在」です。Amazonも広告を拒否しています。また、この本に参加したトランスジェンダーのチェイス・ロスは、本の意図を知らずに参加し、当事者を傷つけたことを謝罪し、この本がコミュニティに対し嫌悪的で侮辱的だとして「この本を買わないでください。読まないでください」と呼びかけています。また、トランス男性のタイ・ターナーは「私たちトランス男性インフルエンサーを『小さな女の子を襲う捕食者』だ」「SNSで娘たちを感染させようとしている」として、「読むどころか、題名を見ても話題にしてもいけない。タグ付けして題名を広めてもいけない。その言葉自体がトランスジェンダーのあなたを深く傷つけるから」と語っています。
 この本を読んで内容をまとめてくださった方は、本文で「(間違ったトランスジェンダーを求めた子どもたちの両親は)エモやアニメ、無神論、共産主義、ゲイの目覚めなどについて、子供のためを思って認めたが、心を広くしすぎたのかもしれない」「ジェンダー教育は有害であり、子供をおかしくすると主張している。子どもたちがゲイとの連帯をするのにさえ親として怒れと言っている」と述べられていることを紹介し、「全体的には「昔は性の乱れがなくて良かった」というだけの話であって、その根拠は著者の主観である(なお著者はジャーナリストであり医者や、医学研究者ではない)」としています。こちらでは「トランスジェンダー治療の科学」に掲載されたこの本の医学・科学上の問題点が指摘されています。
(2023.12.25【追記】米医学博士ジャック・ターバン氏も本書の6つの問題を指摘し、虚偽情報にあふれていると批判しています

 KADOKAWAがこのような本を日本語に訳し、『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』とのタイトルで発売するという情報が12月2日、3日頃に明らかになり、拡散されました。KADOKAWAの公式サイトには「差別には反対。でも、この残酷な事実(ファクト)を無視できる?」という謳い文句で始まる紹介文で、「ジェンダー医療を望む英国少女が10年で4400%増! 米国大学生の40%がLGBTQ! 幼少期に性別違和がなかった少女たちが、思春期に突然“性転換”する奇妙なブーム。学校、インフルエンサー、セラピスト、医療、政府までもが推進し、異論を唱えれば医学・科学界の国際的権威さえキャンセルされ失職。」というセンセーショナルで差別的な文言が並んでいました(※現在は削除されています)
 これに対してLGBTQ+Allyコミュニティから非難や抗議の声が続々と上がりました。出版業界で働く小林さんという編集者の方からも「本書の著者であるアビゲイル・シュライアーが扇動的なヘイターであり、本書の内容も刊行国のアメリカですでに問題視されており、トランスジェンダー当事者の安全・人権を脅かしかねない」とする「トランスジェンダー差別助長につながる書籍刊行に関しての意見書」が出版関係者24名による賛同コメント付きで提出されていました。「今後、仕事を引き受けないことはもちろん、授業や研究でも図書を一切紹介しないことにします」と宣言した研究者の方もいらっしゃいました。
 6日の水曜日にはKADOKAWA本社前で抗議集会も予定されていました(※刊行中止を受けて、新宿駅南口での街宣に変更されました)
 
 こうした状況を受け、KADOKAWA学芸ノンフィクション編集部は12月5日、同社の公式サイトに「学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ」と題した文章を発表、「刊行の告知直後から、多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。本書は、ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」「皆様よりいただいたご意見のひとつひとつを真摯に受け止め、編集部としてこのテーマについて知見を積み重ねてまいります。この度の件につきまして、重ねてお詫び申し上げます」と謝罪しました。
 
 刊行が中止されたことは、本当によかったです。声を上げたみなさんのおかげです。KADOKAWAへの感謝のコメントも上がっています。
 一方、謝罪文について、「タイトルやキャッチコピーによって当事者が傷つけられた」という問題の矮小化が行なわれ、中途半端なものになっている、といった批判の声も上がっています。「あの子もトランスジェンダーになった」「SNSで伝染する性転換ブーム」というタイトルやコピーが、性的指向や性自認があたかも“感染”するかのようなデマに基づく差別的な煽り文句であることももちろん問題なのですが、そもそもこのような本を翻訳出版することが(ただでさえSNS上でのヘイトやバッシングに晒されている)トランスジェンダーコミュニティにどれだけ「Irreversible Damage」を与えるかということ、事は人権侵害であり、命にも関わる問題なのだということを踏まえ、KADOKAWAがIR情報で「性別・性的指向・性自認・性表現…などの多様性を尊重し、差別や偏見を許しません」と宣言しているように、改めて「LGBTQへの差別は許さない」というスタンスをきちんと述べていただけたら、損なわれた信頼(ダメージ)を回復できたのではないでしょうか。 
 
 『トランスジェンダー入門』の著者・高井ゆと里さんは、KADOKAWAの内部でしんどい思いをしている人に対してできることがあれば力になると呼びかけ、また、別の出版社がこの本を出す可能性に触れて「出版界全体の問題として考えてほしい」と訴え、「今回の「翻訳チーム」の憎悪扇動には、端的に恐怖を感じました。二度と繰り返してはならないし、問題はトランスヘイトだけでないことを再確認したい」とコメントしています。
 


参考記事:
ジェンダー書籍、刊行中止 「当事者傷つけた」と版元(共同通信)
https://nordot.app/1104755023576466120?c=39550187727945729
トランスジェンダーに関する翻訳本、KADOKAWAが刊行中止…「当事者を傷つけ申し訳ない」(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/articles/20231205-OYT1T50289/
KADOKAWAがトランスジェンダーめぐる本の刊行中止 批判受け(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASRD56W1PRD5UCVL02G.html
KADOKAWA、差別扇動的との批判相次ぐ書籍を刊行中止 「トランスジェンダーの安全人権を脅かしかねない」との意見書も(ねとらぼ)
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2312/05/news208.html

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