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国連人権理事会の視察団が日本のLGBTQの人権侵害リスクを指摘
国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が8月4日、日本記者クラブで記者会見を開き、12日間にわたる訪日調査の結果を報告、独立した国内人権機関の設置を改めて要望するとともに、女性やLGBTQなど人権侵害のリスクにさらされている複数の集団を挙げて各課題を指摘しました。
国連人権理事会は2006年に国連総会の下部組織として設立され、人権の緊急事態に対処したり、人権侵害を防いだり、国連加盟国の人権擁護状況の監視や支援を行なっています。国連総会で選出された47理事国による決議は、拘束力こそ持たないものの、国際社会の意思として尊重されます。
作業部会は2011年に人権理事会によって設立され、同年に理事会で合意された「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」の普及・促進、実施を各国に促す役割を担い、指導原則の実施に関する評価と勧告も行ないます。国連や加盟国政府から独立した人権の専門家で構成され、今回、5人いるメンバーのうち2人が調査団として来日しました。
作業部会のダミロラ・オラウィ議長と、アジア・太平洋地域メンバーのピチャモン・イェオパントン氏の2人は4日、会見に臨み、12日間にわたる訪日調査の結果を報告しました。同部会は、各省庁や企業、経済団体、労働組合の代表者や人権活動家らのほか、ジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害が告発されているジャニーズ事務所の代表者などとも面会し、ヒアリングを行なっていました。会見では質問がこの事案に集中したそうです。
会見でオラウィ議長は、日本で「ビジネスと人権」分野でリスクにさらされている集団、特に女性やLGBTQI+、障害者、部落、先住民族と少数民族、技能実習生と移民労働者、労働者と労働組合のほか、子どもと若者に明らかな課題があると述べ、「リスクにさらされた集団に対する不平等と差別の構造を完全に解体することが緊急に必要だ」と述べました。そのうえで、「政府はあらゆる業界でビジネス関連の人権侵害の被害者に、透明な調査と実効的な救済を確保すべきだ。私たちは、日本に独立の国家人権機関(NHRI)の設置を求める」「人権侵害があったという告発があった時は、どのようなものであれ真剣にとらえ、指導原則にのっとった形で適切な調査を行なうことが重要だ。その際には、調査は透明性をもった正当なものでなければいけない。被害者に対しては謝罪であれ、金銭的な補償であれ、きちんと救済が提供されなければいけない。そしてすべてのステークホルダーがそのような救済へのアクセスを担保しなければいけない」と述べました。
イェオパントン氏は、「ジャニーズ事務所に限った話ではないが、日本全体で『ビジネスと人権』では大きな進展が見られるが、システミックな課題が残っている。深く根ざした不公正なジェンダー規範、社会規範に対応していく必要がある。日本の状況はチャンスもあれば課題もある」と述べました。
訪日調査の終了に伴い公表した声明では、政府から独立した人権救済機関の設置を求め、メディアやエンタメ業界における性暴力問題に加え、障害者やLGBTQ、移民労働者ら人権侵害のリスクにさらされやすい集団をめぐる課題を指摘しました。
声明は、企業や経済団体に対し、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」の履行の進捗や課題をヒアリングし、企業の関係者からは、継続的な人権教育や職場レベルの苦情処理システムの策定といった「積極的な実践の報告があった」としました。一方で、「移民労働者や技能実習生の取扱い、過労死を生む残業文化、バリューチェーンの上流と下流で人権リスクを監視、削減する能力を含め、さまざまな問題で大きなギャップが残っていることも認めた」として、労働現場における人権問題に言及しました。
また、人権侵害に対する救済システムの課題も盛り込まれ、司法による救済へのアクセスが「特に懸念される」分野の一つとして、LGBTQの人権問題を挙げました。「UNGPsやLGBTQI+の人々に関するものなど、事業活動の関連で生じる幅広い人権問題に対する裁判官の認識が低い。裁判官や弁護士を対象に、UNGPsに関する研修を含む人権研修の実施を義務づけることを強く推奨する」と提言しました。政府に対しては、「社会的に疎外された集団」が司法による救済にアクセスできるよう改善を求めました。
それから、これまで国連機関から繰り返し勧告されてきた「国内人権機関」(国家人権機関)の設置についても、改めて要望がありました。国内人権機関とは、あらゆる人権侵害からの救済と、人権保障を促進することを目的とした国の機関で、政府から独立し、人々の人権が侵害された場合に調査を行ない、救済する役割などを担います。部会は、日本に専門の国内人権機関がないことを「深く憂慮している」と述べ、「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に沿って独立した国内人権機関を設置するよう促しました。
さらに、女性や性的マイノリティなど、人権侵害のリスクにさらされている複数の集団を挙げて各課題を指摘しました。女性分野では、男女の賃金格差が依然として大きいことや、非正規労働者全体の約7割を女性が占めていることを指摘し、「日本の労働力におけるジェンダーの不平等をよく物語っている」と批判しました。女性が昇進を阻まれたり、セクハラを受けたりする事例が報告されているとして、「性差別と闘い、安全で各人が尊重される職場を作るためには、政府が厳格な措置を導入するとともに企業がこれを実施に移さねばならない」と強調しました。LGBTQ分野では、調査期間に何度も当事者に対する差別の事例を耳にしたといい、トランスジェンダーが性別移行前の写真を履歴書に貼るよう求められたケースなどを踏まえ、「LGBTQI+の人々の権利を実効的に保護する包括的差別禁止法の必要性をさらに際立たせている」と指摘しました。ほかにも、障害者や部落出身者などへの差別についても言及し、警鐘を鳴らしました。
テーマ別の課題報告では、健康、気候変動、移民労働者が抱える人権問題などについて提言がありました。
作業部会は、今回の調査結果の報告書を2024年6月の人権理事会に提出する予定です。
なお、ジャニー喜多川氏性加害問題を受けて政府は7月26日、男性や男児対象の電話相談窓口を9月中に初めて設置するほか、文化芸術分野の関係者に向けた相談窓口も設けるなどの緊急対策パッケージを発表し、わいせつ行為などの虐待があった場合に通報する義務を、現在は対象となっていない保育士にも広げる児童福祉法改正も検討するとしました。
これを受けて翌日、国会内で開かれた立憲民主党の会合に出席した元ジャニーズJr.の中村一也さんは、国連人権理事会の部会からヒアリングを受けたことを明かしながら、政府の緊急対策パッケージについて「実情がわかっていない」「正直、子どもたち自身に声を上げろっていう今回の対策案に関しては、実情がわかってもらえてないなっていう歯がゆさを感じます。もっと真摯に向き合っていただけたら」と語りました。そのうえで、第三者による通報義務を課すために、児童虐待防止法を改正すべきだと訴えました。
参考記事:
国連「ビジネスと人権」調査団 日本に「課題残る」 元ジャニーズJr.らにも聞き取り(朝日新聞GLOBE+)
https://globe.asahi.com/article/14973755
独立した人権機関なく「深く憂慮」国連の部会、LGBTQ差別や男女の賃金格差にも言及(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_64cda188e4b0560dda033891
男性男児向けホットラインを9月に開設へ 文化芸術分野でも 政府(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR7V5F6DR7VUTFL00G.html
元ジャニーズJr.「実情がわかってない」政府の性被害対策を批判…児童虐待防止法の改正訴える(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/627375?display=1