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トランス女性の経産省職員が逆転勝訴、最高裁が職場のトイレ使用制限は不当だと判断
経済産業省に勤めるトランス女性の職員が、職場の女性用トイレの使用を制限されているのは不当だとして国を訴えた裁判で、最高裁第三小法廷(今崎幸彦裁判長)は11日、「人事院の判断はほかの職員への配慮を過度に重視し、職員の不利益を軽視したもので著しく妥当性を欠いている」としてトイレの使用制限を認めた国の対応は違法だとする判決を言い渡しました。制限を適法とした二審・東京高裁判決を破棄し、職員の逆転勝訴が確定したかたちです。裁判官5人全員一致の結論で、5人全員が補足意見をつけました。今崎裁判長は「施設管理者、人事担当者らがトランスジェンダーの人々の立場に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務が浮き彫りになった」と語りました。
判決を受け、経済産業省はトイレの使用制限の見直しを迫られることになります。
LGBTQの職場環境に関する訴訟で最高裁が判断を示したのは初めてです。性的マイノリティの法益を尊重し、性の多様性を尊重する社会の実現に向けて、当事者の個々の具体的事情を踏まえながら職場環境を改善する取組みを求めるもので、歴史的な判決と言えます。
この訴訟は、性同一性障害の診断を受けている経産省職員のトランス女性が、霞が関の勤務先庁舎で執務室があるフロアから2階以上離れた女性用トイレしか使用が認められないという制限を受けたり、上司から「もう男に戻ってはどうか」などと言われるなどして、精神的苦痛から病気休職を余儀なくされたことに対し、処遇改善と損害賠償を国に求めたものです。職員は2009年に女性としての勤務を申し出、同省は2010年、同じ部署の同僚を対象に説明会を開き、職員が性同一性障害と伝えたうえで、勤務するフロアから2階以上離れた女性トイレを使用することを認めました。職員は2013年、人事院に対してトイレの使用制限の撤廃などを求めましたが、人事院は2015年、要求は認められないと回答、職員は提訴を決めました。
一審の東京地裁は2019年、原告の訴えを認め、132万円の支払いを命じました。江原裁判長は、判決理由として、性別は「個人の人格的な生存と密接かつ不可分のもの」であるとし、「個人が自認する性別に即した社会生活を送ることは、重要な法的利益であり、国家賠償法上も保護される」と指摘、トイレは日常的に必ず使用しなければいけない施設であり、経産省の原告女性への対応は「重要な法的利益を制約する」ものだと判断し、「他の女性職員とのトラブルを避けるため」とする国の主張を退け、「直ちにトイレの使用制限が許容されるものではなく、具体的な事情や社会的状況の変化を踏まえて判断すべきだ」としました。そのうえで、「日本でも、トランスジェンダーがトイレ利用で大きな困難を抱えており、働きやすい職場環境を整えることの重要性が強く意識されている」と、社会一般の問題意識の高まりにも触れながら。原告のトランス女性が他の職員とトラブルになる可能性は「せいぜい抽象的なものに止まっていて、経産省もそれを認識することができた」と指摘し、使用制限は正当化できず、経産省の対応は違法であると判断しました。また、経産省側が、トイレを自由に使うためには性同一性障害であると女性職員に説明することが条件だとした(カミングアウトを強制した)ことは、「裁量権の濫用であり、違法」との判断を示しました。原告の方が上司から「もう男に戻ってはどうか」などと言われたことについても「性自認を正面から否定するもので、法的に許される限度を超えている」として違法だとの判決を下し、慰謝料などの支払いを命じました。(素晴らしい判決でした)
二審で原告のトランス女性は「LGBTを理由とする差別が続いている。トイレの利用に限らず、他の女性と同等に接してほしい」と訴えましたが(詳細はこちら)、東京高裁は2021年、各官庁に当時、原告のようなケースでの対応指針などがなかったことなどを踏まえ、一審の判決を覆し、経産省のトイレ利用制限の対応は「不合理と言えない(適法である)」と判断しました(詳細はこちら)
原告は上告し、最高裁の判断を仰ぐこととなりました。最高裁では、損害賠償については審理の対象とせず、トイレの使用制限は問題ないと判断した人事院の判定が違法かどうかについて審理しました。
最高裁判所第三小法廷の今崎幸彦裁判長は「職員は、自認する性別と異なる男性用トイレを使うか、職場から離れた女性用トイレを使わざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けている」と指摘しました。そのうえで、職員が離れた階の女性用トイレを使っていてもトラブルが生じていないことなど今回のケースの個別の事情を踏まえ、「人事院の判断はほかの職員への配慮を過度に重視し、職員の不利益を軽視したもので著しく妥当性を欠いている」としてトイレの使用制限を認めた人事院の対応は違法と判断しました。5人の裁判官全員一致の結論でした。また、裁判官5人全員が個別に補足意見をつけ(異例なことです)、今崎裁判長は「施設管理者、人事担当者らがトランスジェンダーの人々の立場に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務が浮き彫りになった」と付言しました。
以下に、判決の要旨と、5人の裁判官全員がつけた補足意見を紹介します。(※判決の全文はこちら)
【判決の理由】
職員は性同一性障害との診断を受けており、自認する性と異なる男性用トイレを使用するか、執務階から離れた階の女性トイレなどを使用せざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けているといえる。
一方、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与を受けるなどし、性衝動に基づく性暴力の可能性は低いとの診断も受けている。女性の服装で勤務し、2階以上離れた女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。
(経産省が2010年に職員の状況を説明し、女性トイレ使用への意見を求めた)説明会では、数人の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたとはうかがわれない。説明会から15年の人事院判定に至るまでの約4年10ヵ月間、職員の女性トイレ使用につき、特段の配慮をすべき他の職員がいるかの調査が改めて行われ、処遇見直しが検討されたこともない。
以上によれば、職員に不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきだ。人事院の判断は、具体的な事情を踏まえず他の職員への配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するもので、著しく妥当性を欠く。裁量権を逸脱し、または乱用したものとして違法だ。
【宇賀克也裁判官の補足意見】
職員が戸籍上はなお男性であることをどう評価するかが問題になる。現行法では、戸籍上の性別変更には性別適合手術を行う必要がある。生命、健康への危険を伴い、経済的負担も大きく、体質などで受けられない者もいるので、手術を受けていない場合でも可能な限り性自認を尊重する対応を取るべきだ。経産省は早期に研修を実施し、制限を見直すことも可能だったと思われるのに、手術の督促を反復するのみで約5年が経過している。多様性を尊重する共生社会の実現に向け、職場環境を改善する取り組みが十分になされてきたとはいえない。
【長嶺安政裁判官の補足意見】
経産省は女性職員に違和感があったとしても、それが解消されたか否かを調査し、職員に一方的な制約を課した処遇を維持することが正当化できるのかを検討し、必要に応じて見直すべき責務があった。自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益で、トランスジェンダーにとっては切実な利益である。このような利益は法的に保護されるべきものだ。
【渡辺恵理子裁判官の補足意見】
自認する性別に即した社会生活を送ることは、職員にとっては人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益である。経産省が激変緩和措置として暫定的に執務階のみの利用を禁止するとしても、性別適合手術の実施に固執せず、女性職員らへの理解を得るための努力を行い、トイレ利用の禁止を軽減・解除するなどの方法もあり得たし、行うべきだった。施設管理者らが、女性職員らとトランスジェンダーの共棲(きょうせい)を目指し、性的マイノリティーの法益の尊重に理解を求める方向で、教育などを通じたプロセスを履践(りせん)していくことを強く期待したい。
【林道晴裁判官の補足意見】
渡辺裁判官に同調する。
【今崎幸彦裁判官の補足意見】
トランスジェンダーの人々が自認する性にふさわしい扱いを求めることは、ごく自然かつ切実な欲求で、どのように実現させていくかは今や社会全体で議論されるべき課題だ。本件のような事例でトイレの使用を無条件に受け入れるコンセンサスが社会にあるとはいえず、説明を尽くしても関係者の納得が得られない事態はどうしても残るように思われる。一律の解決策はなじまず、現時点ではトランスジェンダー本人と他の職員の双方の意見を聴取した上で、最適な解決策を探る以外にない。今後、事案の積み重ねを通じて標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。何より、この種の問題は、多くの人々の理解抜きには落ち着きの良い解決は望めず、社会全体で議論され、コンセンサスが形成されることが望まれる。なお、本判決は、トイレを含め不特定または多数の人々の使用が想定される公共施設のあり方について触れるものではない。この問題は機会を改めて議論されるべきだ。
判決後に記者会見した原告の方は、判決文を手に、「判決理由よりも、それぞれの裁判官の補足意見がポジティブに書かれていると感じました」と語り、少し笑みも見せながら、「感覚的になんとなく嫌いというものはダメで、それぞれの事案を具体的に考えて対応すべきだと述べた点は評価できます。今回はトランスジェンダーに関する判決ですが、裁判官の個別意見はまだまだ差別が残っているほかの人権上の問題にも応用できると思います」「関係者はこの判決の重みを無視することはできません。補足意見で書かれているような裁判官の考えを十分に汲んで、トランスジェンダーや同性愛者などの少数者への対応を、感覚的で抽象的な考え方ではなく、具体的に踏み込んで真剣に考えるよう迫られるのではないでしょうか」「トイレやお風呂の問題に矮小化して議論することではなく、大事なのは一貫して性自認に即して社会生活を送れること。的外れなヘイトスピーチに耳を傾ける必要はない」と語りました。一方で、国に対する損害賠償については一審から大幅に減額し、11万円とした二審判決が確定したことを受けて、「上司からは『男に戻ったほうがよい』といった発言など、心ない言葉を数々投げかけられ、長期間、休職もしました。その間の損害が考慮されず、極めて少額の賠償判決が維持されたことや、憲法判断に至らなかった点は甚だ不本意です」と語りました。
終始落ち着いた様子で、言葉を選びながら記者の質問にも応じました。現在の職場での状況について「人事異動などの際、事前にトイレを使うために説明しないといけない。異動が長くされていないことも、差別的な待遇と思っている」「他の職員と比べ、差別がない対応にしてほしい」と要望しました。
原告側弁護団は、当事者の個々の具体的事情も踏まえた判断を促しているとし、山下敏雅弁護士は「最高裁が一貫して重視している点。不安に感じた女性がいたとして、女性たちにももちろん配慮は必要だけど、それが具体的なものなのか、一人の人生を大多数の抽象的な不安で押し潰していいのかというメッセージを最高裁が出したことは、弁護団として評価している」と語りました。
原島有史弁護士は「トランスジェンダーと一言で言っても、性別に違和感があるところから、少しずつホルモン療法をしたり、さまざまな治療を受けたりなど、いろいろな段階がある」「戸籍上の性別を変えたら性別の移行を認めるが、変えない間は何をしようと絶対に認めないといった画一的な判断をすることが、一番よくないと考えている。どう見ても男性の人が女性用トイレに入って問題が生じたら規制することは当然であって、我々はそのようには主張していない」とし、具体的な状況のなかでどうしていくかを考えることが大切だと語りました。
最高裁の判決について人事院は、「国の主張が一部認められなかったものと受け止めている。今後については判決の内容を十分に精査し、適切に対応したい」とのコメントを出しました。
経済産業省は、「今後の対応については、最高裁判決を精査したうえで、関係省庁と協議の上、対応していく。いずれにせよ、今後も、職員の多様性を尊重した対応に努めていく」などとコメントしています。
松野官房長官は午後の記者会見で「国の主張が認められなかったものと受け止めており、関係省庁で判決の内容を十分に精査したうえで適切に対応していきたい」「これまでも普及啓発や相談窓口の整備などにあたってきたが、LGBT理解増進法の趣旨や国会での議論などを踏まえ、関係者の声を丁寧に聞きながら対応していく」と述べました。
判決について、性的マイノリティの人権問題に詳しい青山学院大学の谷口洋幸教授は、「トランスジェンダーのトイレ使用をめぐっては、抽象的な違和感や不安感を前面に出して議論が進んでしまう部分もあるので、最高裁判所が具体的な事情をもとに調整することが必要だと明確に示したことはとても重要だ。行政だけでなく民間企業にも波及する判決だと思う」と述べました。また、トイレ使用に限らず、LGBTQが働きやすい環境の整備について「判決でも裁判官が個別意見として指摘しているが、すべての人に対して完璧に適用できる解決策は存在しない。一度決断した解決策が常に正しいものではないと認識したうえで、状況によって柔軟に対応していくことが必要だ」と話しました。
最高裁がLGBTQの職場環境に関して判断を示したのは今回が初めてで、LGBTQが働きやすい職場づくり・環境整備を後押しする判決となりました。これを受けて、経産省以外の省庁や自治体、民間企業でも判決を意識し、当事者の個々の具体的事情を踏まえたうえでSOGIにかかわらず平等に働けるよう職場環境を改善していくような取組みが広がるだろうと期待されます。
なお、今回の最高裁判決は、今崎裁判長が補足意見で「機会を改めて議論されるべき」と述べている通り、公共施設のトイレ利用一般について判断したものではありません(ですから、今回の判決によって、“性自認は女性だ”などと言って男性が公共の場所の女子トイレや女風呂に入れるようになることはありませんし、そのような事実無根の言説によってトランスジェンダーを攻撃するのは「的外れなヘイトスピーチ」の類であると思われます)
渡邉裁判官が「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性として、個人の人格的な生存と密接かつ不可分であり、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法益として、その判断においても十分に尊重されるべき」と述べているように、トランスジェンダーが自身の望む性別で社会生活を送ることは重要な法益であり、(一部の性的マジョリティの人たちが感じているような)抽象的な「不安」に基づいてこれを制限することは認められない、と言明されました。今後も、マジョリティの「不安」を根拠としてLGBTQの権利を制限するような法や条例を策定しようとする動きが出てくることが懸念されますが、最高裁がこれをきっぱり否定してくれたことには、非常に大きな意義があると言えるでしょう。大切なのは性的マイノリティの法益を尊重し、性の多様性を尊重する共生社会の実現を目指すことだ、というメッセージを最高裁が発してくれたこと、本当に素晴らしいです。
参考記事:
トランスジェンダー “女性用トイレの使用制限”違法 最高裁(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230711/k10014125111000.html
【速報】性同一性障害の経産省職員が逆転勝訴、職場トイレ“使用制限は不当” 最高裁(日テレNEWS)
https://news.ntv.co.jp/category/society/f1bc5d0b76be4d21898833bc2069cd95
【速報】経産省トランスジェンダー職員が逆転勝訴 女性トイレ使用制限を不当と判断 最高裁が性的少数者の職場環境で初判断(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/596043?display=1
性同一性障害 トイレ使用 使用制限は「不当」(FNN)
https://nordot.app/1051443770791445124?c=768367547562557440
“性同一性障害のトイレ訴訟”で最高裁「使用制限は違法」の逆転勝訴 最高裁が“初判断”で社会は変わるか(関テレ)
https://nordot.app/1051414418365105139?c=768367547562557440
トランス職員が勝訴 性的少数者×職場環境に変化?(khb東日本放送)
https://www.khb-tv.co.jp/news/14954262
トイレ制限認めず、国に違法判決 性同一性障害巡り最高裁が初判断(共同通信)
https://nordot.app/1051378855459389724
「少数者対応、真剣に考えて」 トイレ制限訴訟勝訴の原告職員(共同通信)
https://nordot.app/1051458460989505773?c=768367547562557440
トイレ使用制限は「不当」=性的少数者の職場環境、初判断―経産省職員の勝訴確定・最高裁(時事通信)
https://sp.m.jiji.com/article/show/2977476
司法も多様性尊重、トイレ制限訴訟 全裁判官が補足意見(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE044480U3A700C2000000/
女性の身なりで働く50代経産省職員、女性用トイレ使用制限は「適法」の判決を見直しか(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230616-OYT1T50227/
経産省トイレ利用制限訴訟 性同一性障害の原告逆転勝訴 最高裁(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20230711/k00/00m/040/023000c
【判決要旨】トランスジェンダーのトイレ使用制限、最高裁が違法判決(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR7C5WF8R7CUTIL022.html
トランスジェンダー職員のトイレ使用制限は「違法」と最高裁判決 原告が会見で語った喜びと訴え(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/262330
【判決全文】最高裁はなぜ、性同一性障害職員の女性用トイレ使用制限を違法としたのか(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_64ad02a3e4b0b641763940e3
逆転勝訴のトランスジェンダー職員「判決の重み、無視することはできない」 経産省トイレ制限訴訟(弁護士ドットコム)
https://www.bengo4.com/c_1017/n_16247/