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岸田首相が理解増進法案準備を党幹部に指示、コミュニティから「差別禁止」文言の行方を懸念する声も
21日朝、理解増進法案の行方が今国会の焦点に浮上するも、自民党が党内論議を始めるめどが立たない、4月の統一地方選と衆院補欠選挙の後に先送りすべきだとの声も出ていると時事通信で報じられましたが、岸田首相は20日の党役員会で、LGBTQ支援団体の代表らと17日に面会したことを報告したうえで「法案提出に向けた準備を進める。よろしくお願いする」と指示したそうです。役員会後、茂木敏充幹事長が記者会見で明らかにしたもので、茂木氏は会見で「法案は極めて重要だ。なるべく早く提出することが望ましい」と語りました。
同日、日刊ゲンダイは「岸田首相の“やってる感”にはウンザリだ。岸田首相は20日、自民党の役員会で、LGBTなど性的少数者への理解増進法案をめぐり、国会提出に向けた準備を進めるよう党幹部に指示。表向きはLGBTに寄り添っているふうだが、本気度は感じられない」から始まる記事で、理解増進担当に任命された森雅子首相補佐官が過去にLGBTQ関連の法整備について「注視する」を連発していた「難あり」議員だと指摘しました。「弱者保護という立場で弁護士をしてきた」「“人権派”を自負している」森雅子氏ですが、法相時代の2020年1月30日の参院予算委で、「例えば、与党自民党におきましては、LGBT特命委員会の下で古屋委員長がLGBT理解増進法案というものを取りまとめたということで稲田朋美幹事長代行から伺ったところでございますが、また、そういった政党内での議論、そして、それがまた国会でご議論になる場面もあると思いますが、しっかりとそれを注視してまいりたい」と述べており、また、質問したLGBT当事者の野党議員から同性婚の法制化の検討を促されても、「国民の皆さま方のご議論、注視をしてまいりたい」の一点張りだったそうです。「岸田首相は党内調整を森氏に期待しているようだが、「議論を注視する」と言ってお茶を濁す人物では到底無理だろう」
FNNプライムオンラインでは、17日に岸田総理と面会したプライドハウス東京の松中権さん、15日に超党派LGBT議連総会に出席した一般社団法人fairの松岡宗嗣さんの意見が紹介されました。
面会で岸田首相は「社会が変わってしまう」という自身の発言について、「ネガティブでもポジティブでもなくすごくフラットに、例えば制度や法律が新しく変わるということを表現した」と語ったといい、松中さんは「最初に総理のその言葉を聞いたときはショックを受けましたが、もし総理がおっしゃった『社会が変わる』ということが制度や法律を作っていくことであれば、ぜひ進めていただきたいと思いました」と語りました。
一方、「自民党の中には法案について慎重な意見があるが」と記者から聞かれた松中さんは、「当方から差別の禁止についてご決断をいただきたいと総理に伝えた」と明かし、「(総理は)いろいろ今後考えていきたいということでしたので、今日を機会にそれ相応の対応があるとみんな期待しています」と語りました。
それから、旧統一教会と自民党のつながりが明らかになったことを踏まえ、松中さんは、「これだけ自民党と旧統一教会の関係が明るみになって、『切り離します』と政府が明言したのに、また法案について同じことが繰り返されたらより酷い状況になりますね。『差別はいいのですか?』と聞かれたら誰もがダメだと言うと思います。それなのに差別という言葉を入れたくない、差別という言葉を”不当な差別”にしようとする一部の自民党議員には何か別の意図しか感じられないです」と語りました。
LGBT理解増進法について話し合う超党派LGBT議連総会に当事者として出席した松岡宗嗣さんは、「いまもトランスジェンダーであることを理由に『採用拒否』されたり、同性カップルが『入居拒否』されたり様々な差別的取り扱いがあります。残念ながら理解増進法案では、それに対処することは難しいと思います」「議連としてはあくまでLGBT理解増進法案をまず国会に提出したいという点のみだったので、非常に残念だと思いました。前回超党派で合意する上で大変な議論や作業があったことは理解できるのですが、やはり差別禁止を明記した上で理解を広げるべきだと思います。なんとか議連でもう一度議論していただき、差別的取扱いをしてはならないという規定を入れた上で、法案を成立させてほしいと思いました」と語りました。
この件について松中さんは、「自殺の要因に差別偏見があるから、それを無くさないといけないのに、差別は禁止しないという。若者の自殺対策と言うとみんな賛成するのに、LGBTQ+の命は救わないのかということです。もし法案は通ったけれど差別禁止が入っていなかったら、国際社会はもちろん国民が許さないと思います。本当にそれでごまかせると思っているのですかね」と語りました。
松岡宗嗣さんはYahoo!でも「なぜ「理解増進」ではダメか。「差別禁止」反対論の問題を解説」と題した記事を寄稿しています。「理解増進」ではダメな理由は大きく分けて4つあります。
1つは、具体的な差別的取扱いの被害の解決に繋がらないから。もしLGBT理解増進法案が成立してもSOGIを理由とした就職差別や入居拒否などの差別に対応できません。LGBT理解増進法案では「相手に理解がなかったので残念ですね、今後は理解を広げましょう」で終わってしまいます。差別的取扱い=合理的な理由のない区別の取扱いに対処できることが大切です。
2つめは、理解増進が、権利保障を阻害する言い訳に使われる可能性があるから。今後、婚姻の平等(同性婚)の実現が求められても、理解増進法を盾に「まずは理解を増進させることが重要だ」と議論を進めないための言い訳に使われることが予想されます。中枢にいる人物があのような差別発言をする(秘書官も全員同じ考えだという)政権の掲げる“理解”が信頼に足るのか、誤った認識を“理解”として広げられてしまう懸念もあるのでは、と言うことです。
3つめは、地方自治体の条例整備を後退させる可能性があるから。もし国レベルでLGBT理解増進法ができてしまうと、今後条例を制定する自治体は、差別禁止ではなく「理解増進」を基準に条例を制定してしまうおそれがあります。差別も禁止せず、企業や学校などに求める啓発といった具体的な施策も「努力義務」ばかりで、同性パートナーシップ証明制度も「理解の増進が先だ」などと言って導入されない可能性があります。
4つめは、G7の首脳宣言に反するからです。岸田首相も参加し、採択されたG7エルマウサミットの首脳宣言で「性自認、性表現あるいは性的指向に関係なく、誰もが同じ機会を得て、差別や暴力から保護されることを確保することへの、我々の完全なコミットメントを再確認する」とされていて、これはいわば国際公約と言えますが、日本はこれに違反している状態です。他の6ヵ国の法律では、性的指向や性自認等を理由とした「差別的取扱いの禁止」が明記されていますが、いま日本がLGBT理解増進法案を成立させたとしても、他国のような差別禁止法には該当せず、「汚名返上」にはなりえません。
松岡さんは、「「差別的取扱いの禁止」規定は、差別をなくす上での「大前提」」「本当に「理解を増進」したいのであれば、差別禁止というベースラインを示した上で、適切な認識を社会全体に広げていくことが当然の方法だ」と語ります。
そして、自民党内で上がってきた「『差別』という言葉を削除すべきだ」という声や、「社会を分断する」「訴訟が乱発される」といった発言、トランスジェンダー排除言説などが、いかに当事者の困難や実態を無視した、差別問題に無理解なものかということを丁寧に解説しています。
「差別の定義が曖昧だ」という声に対しては、「例えば雇用領域での「性差別」を禁止している男女雇用機会均等法でも、指針で一部「例外規定」が設けられているように、個別のケースごとに「これは合理的な理由のない区別か」ということが絶えず検討されるものだ。難しいケースは司法によって判断されるだろう」と説明し、「こうした法的な議論を無視して、「なんでも差別になる」とか、「差別の定義が曖昧だ」というのは、反対するための説明になっていない」と述べています。男女雇用機会均等法、アイヌ施策推進法、障害者基本法、障害者差別解消法でもすでに差別的取扱いが禁止されているのに、なぜLGBTQだけ「差別の禁止」と謳うことに反対するのでしょうか。
差別を禁止すると「内心や発言が罰せられる懸念がある」という言説に対しては、「そもそも差別の被害を議論する際に、「意図」や「悪意」があったかどうかは関係ない。「差別的取扱いの禁止」は、差別の意図や悪意など「内心」を禁止するものでも、または差別「発言」を禁止する法律でもない」と説明しています。「また、当事者が求めているLGBT差別禁止法も、検討されているLGBT理解増進法案も差別に対する「罰則規定」はない。差別禁止の規定を入れたからといって、それにより刑事罰が科されるわけではない」。一言で「差別の禁止」と言っても、法律の実効性として、厳密には細かくいくつかのバリエーションがありますが、差別を禁止したくない側の人々が、これらの議論を一緒くたにして反対してくる点にも注意が必要です。
「訴訟が乱発される」との声に対しては、「「訴訟」という形で問題提起され、被害を受けた人が救済されたり、調停やあっせんを受けられることは重要だ。「乱発」という言葉の印象操作によって悪いイメージが付けられようとしているが、悪質な被害について訴訟が提起されることはむしろ必要なこと」と説明。「訴えた側が「差別」であると立証することには高いハードルがある。なんでもかんでも差別的取扱いに該当する、などという簡単な実務ではないことは強調しておきたい」「そもそも、差別禁止法ができることによって、訴訟が「乱発」されるほど増えることがあり得るのだろうか」
「社会が分断される」という言説に対しては、「性的マイノリティが差別を受けているという点では、すでに差別によって社会は分断されているとも言える。他方で、こうした差別の被害をなくすために、法律によってルールを設けることは社会を分断するのだろうか?」「約60の自治体で施行されている「LGBT差別禁止条例」の施行後の現状を見ても、社会は分断されていない。ましてや、国会が置かれている東京都でも、すでに条例で差別的取扱いは禁止されている。「社会が分断される」という人は、その事実を踏まえて主張しているのだろうか」と指摘しています。
「男性が『心は女性だ』と言えば女湯に入れるようになり、それを拒むのが禁止される」という言説に対しては、「どんな人であっても「心が女性」とさえ言えば、性犯罪が許されるはずがない」「そもそも前提として、トランスジェンダー当事者の多くが、周囲の視線、社会からの差別や偏見を恐れて、公衆浴場を利用できていないというのが実態だ。また、トランスジェンダーの半数程度が性暴力被害を受けているという調査もある」「トランスジェンダーの実態を押さえず、特定の少数派の属性を性犯罪者と同一視し排除することは問題だ」「こうした前提を踏まえた上でも、法律で差別を禁止するからといって、「男性が『心は女性だ』と言えば女湯に入れる」ようにはならないし、それを「拒むことが禁止」されることにもならない」「「LGBT差別禁止条例」が施行されている約60の自治体でも、こうしたケースが起きて利用拒否が禁止された、という事例はない」と指摘しています。「当事者の実態や個別の調整をおろそかにして、一部のケースから危険性を煽り、生活そのものの改善を無視することは許されないだろう。当事者の受けている差別や偏見の被害を矮小化し、やはり差別をなくすつもりがないという点が如実に表れている」
松岡さんはさらに、自民党内でこのように「差別禁止」に対する強硬な反対が起こる理由を、旧統一教会との関わりで説明しています。「旧統一教会は、2006年に都城市の男女共同参画推進条例に「性的指向」という文字が入っている点に対して、「ホモ・レズ、両性愛を擁護」「フリーセックスコミューンになってしまう」などと反対運動を展開し、性的指向が削除された。そんな旧統一教会側が掲げる、LGBT差別禁止への反対理由は「『同性婚ができないのは差別だ』として、同性婚の法制化運動が勢いを増す」からだという。つまり、法的な異性カップルは結婚ができて、同性カップルは結婚ができないというのは「差別的取扱い」になってしまう可能性があるから、同性婚の法制化に繋げないために、差別禁止にも反対している、というのが大きな理由の一つだろう。「同性婚」への反対理由は、旧統一教会や神社本庁、日本会議、それらと繋がる自民党保守派など、それぞれの論理があるが、いずれにせよ「家族の形」を押し付け、それ以外の多様な家族のあり方を認めたくないという強固な思想がある。こうした状況を背景に、同性婚への反対、ひいては差別禁止への反対という文脈で、「少子化を助長する」という言説が出てくることも少なくない。この点も、端的に事実誤認だということを指摘したい」
最後のまとめとして、「率先して差別を広めているのは政府自身であるにもかかわらず、「理解増進」とお茶を濁す背景には、上述のような根深い問題がある点が知られてほしい」と述べられます。「とにかく「理念法」としてLGBT理解増進法を成立させ、その後、差別禁止を明記すれば良いという「ステップ論」を提唱する声もある。しかし例えば(理念法である)障害者基本法と障害者差別解消法では、その両方で差別が禁止されている。「理念法だから差別禁止を入れなくても良い」のではなく、「理念法だからこそ、原則である差別禁止を明記すべき」であり、これは最低限のベースラインだ」
理路整然として明晰で、実に説得力のある素晴らしい記事です。ぜひ読んでみてください。
それから、LGBTQコミュニティ内の動きとして、「にじいろかぞく」が同性婚について「岸田首相に手紙を書こう!」と呼びかけていることが毎日新聞で紹介されました。同性婚が日本では認められていないことに疑問を持ったレインボーファミリーのお子さんから「お手紙を書いて、『ここにいるよ』ってお知らせしたらどうかな」と提案があったそうです(涙が出ちゃいますね)。呼びかけに対して「ママがふたりの家だけど わたしもしあわせ」といったお手紙がさまざま寄せられ、一部は17日に岸田首相に面会した際に手渡されたそうです。「にじいろかぞく」共同代表の小野春さんは「岸田首相に子どもたちの手紙を読んでほしい。私たちは、ずっと前から家族として暮らしています。実態に合わせた法律にしてもらいたい」と語っています。お子さんでなくても大人でも、当事者でもアライの方でも参加できるプロジェクトです。メッセージを伝えたい方は以下のバナーから詳細をご覧ください。
参考記事:
立・維 所得制限撤廃の法案提出 首相“LGBT法案”準備を指示(FNNプライムオンライン)
https://www.fnn.jp/articles/-/489183
LGBT法案、自民着手見えず=統一選後へ先送り論も(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023022000921
首相、LGBT法提出へ準備指示 支援団体関係者との面会踏まえ(共同通信)
https://nordot.app/1000341803624218624
LGBT法案、岸田文雄首相「国会提出へ準備進める」(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA209GO0Q3A220C2000000/
森雅子氏にLGBT議論「注視」連発の過去…“難アリ”議員が理解増進担当のドッチラケ(日刊ゲンダイ)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/319051/
岸田首相の「社会が変わってしまう」発言によってLGBT差別禁止法案は成立へ加速するのか?(FNNプライムオンライン)
https://nordot.app/1000233539101802496?c=724086615123804160
なぜ「理解増進」ではダメか。「差別禁止」反対論の問題を解説(Yahoo!)
https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuokasoshi/20230221-00338191
「岸田首相に手紙を書こう!」 LGBTQここにいると伝えたい(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20230221/k00/00m/040/161000c