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トランス女性のスパ利用をめぐる「ロス暴動」を引き起こした動画は捏造であると警察は見ており、トランス嫌悪者による悪質なデマが引き起こしたヘイトであるとの見方が強まっています
7月3日、ロサンゼルスのコリアタウンにあるLGBTQフレンドリーなスパ(韓国式サウナ)の前で、LGBTQ+Allyによる平和的なデモを極右グループが襲撃し、負傷者が出る騒動がありました(「ロス暴動」として報じられています)。この事件の原因となったのは、このスパで「女性用更衣室で"ペニスのある人物"を見た」と騒ぐ女性の動画が拡散されたことですが、この動画は捏造であると警察は疑っています。この事件は、トランス嫌悪者による悪質なデマが引き起こしたヘイトであるとの見方が強まっています。
事件の発端は、6月24日、cubanaangelという女性が、彼女自身及び少なくとも他の2名の女性がコリアタウンの「Wi Spa」のスタッフに対し、「女性の脱衣室で"ペニスのある人物"を見た」ことについて抗議している動画をInstagramに投稿したことです。彼女は「大ごとにしてやる、そのために録画しているんだ。世界中に広めてやる」と言いながら、4分にわたってこのLGBTQフレンドリーなスパの差別禁止ポリシーについてスタッフを非難し続けました。スタッフは少しも慌てず、「この街にはありとあらゆる人が住んでいます。トランスジェンダーの方もおられます。当店は州法に従って応対させていただいております」と説明しています(このスパはLGBTQフレンドリーであることで知られ、普段からトランスジェンダーの方も来店しています)
この動画がインターネット上で拡散され、トランス嫌悪者とLGBTQ+Allyの人々の間で議論になりました。そして7月3日に「Wi Spa」の前で抗議デモを行なうことが発表されました。「トランスジェンダー連合」のバンビイ・セケドCEOは「この女性客の意地の悪い言い分はまさに氷山の一角。われわれトランスジェンダーはこうした屈辱を日常茶飯事で体験している。われわれに対する無知と偏見からくる差別以外の何ものでもない」と語り、これに対してアンチ・トランスの右翼ブロガー、イアン・マイルズ・チョンが「この世界には男と女しかいない。トランスジェンダーなど存在しない」と、予定される抗議デモを粉砕すべく檄を飛ばしました。
そしてデモ当日。数十人のLGBTQ+Allyの人々が「トランスジェンダーの女性は女性だ」と書かれたプラカードを掲げて集会を始めようとしたとき、忍者のような全身黒ずくめのQアノン(今年1月に米連邦議会襲撃事件を起こした陰謀論信者)数人が襲いかかり、警察官が駆けつけるまでに女性2人が刺され、病院に運ばれました(うち1人は、プラウド・ボーイズによる「フレンドリー・ファイア(友軍誤射)」の犠牲者だと見られています)
この事件について、動画が拡散された時点から捏造ではないかと疑問を持つ声が上がっており、ロサンゼルス市警察もそのように見ているということはあまり報道されていないようです。
『Los Angeles Blade』紙によると(tsumatsuhimeさんが日本語に訳してくださっています)、ロサンゼルス市警察の情報筋は6月24日にこのスパにトランスジェンダーの客がいたという証拠を見つけることができなかったと述べています。スパ側も、6月24日のゲストリストにトランスジェンダーの客の記録がなかったと言っています(スパでのトリートメントは予約制で、トランスジェンダーのクライアントのほとんどはスタッフによく知られているそうです)
「(動画を投稿した)彼女のInstagramアカウントは、ほとんどが過激なキリスト教のミームであり、LGBTQフレンドリーで知られた高級スパにわざわざ行く理由が疑問視されている。また、cubanaangelの動画ではトランスジェンダーの存在は確認できず、彼女の主張を保証する他の目撃者も確認できない」
『SLATE』誌に掲載されたイーヴァン・ウルクハート(トランスジェンダーのジャーナリスト)による「Violence Over a Transphobic Hoax Shows the Danger of Underestimating Anti-Trans Hate」という記事(マサキチトセさんが翻訳してくださっています)では、このように指摘されています。
「特に疑問視されたのは、この動画において投稿者が見たと主張するその人("ペニスのある男性"と彼女が呼ぶ人)に対峙しようと階段を降りている時に動画が切れ、さらに都合の良いことに、彼女が憤怒している相手がカメラに映る直前に終了していることだった。この女性は"ペニスを見させられた"子どもたちについて何度も言及しているが、動画には子どもは一切映っておらず、彼女たちも子どもと一緒にいる様子がない」
英国のデータ科学者で、オンライン上での誤情報の拡散についての専門家であるエミリー・モロ氏は、「TransSafety.Network」への寄稿「Right wing and gender critical disinformation sparks anti-trans protest and abuse」(日本語訳してくださった記事がこちら)で、以下のように指摘しています。
「この動画のなかでの彼女のスタッフに対する訴えは、女性用更衣室で「男」が露出をしているというものです。別の客がこの女性に近寄って短いやりとりをしますが、彼女はそこで「トランスジェンダーなんてものが存在するわけがない」と断言しています。そのあと女性はその「男」と対決するために録画を回したまま更衣室に戻りますが、動画はそこで途切れます。この出来事を記録した他の映像はなく、女性が撮影した元の動画での主張を裏付ける他の情報源も現われていません」
「他の複数の客や子どもたちを巻き込んだ、公然わいせつの深刻な申し立てであるにもかかわらず、事件発生から1週間を経ても、この話を裏付ける人物はだれひとり現われませんでした」
「今回の事件には「Wi Spa」が裸体での利用を前提とした温浴施設であり、しかもLGBTQフレンドリーでインクルーシブな施設として知られていたことが関係しています。「Wi Spa」は2018年にもインクルーシブな運営方針への苦情を受けていました。旅行レビューサイト「TripAdvisor」に苦情が上がりましたが、これを書いた人物の投稿は「Wi Spa」宛ての1件だけでした(つまり、普段からTripAdvisorにレビューを書いている人ではないということ)。この苦情を受けて、米国で有名な情報サイト「Yelp!」で、1つ星やネガティブなレビューが相次いで投稿されます。さらには、「TripAdvisor」の「Wi Spa」のページでも、1件の投稿しかない(ということは、荒らしである可能性が高い)アカウントから、1つ星のレビューが相次いでいるようです」
エミリー・モロ氏はさらに、動画の中でcubanaangelと対峙していた男性客が、あたかも公然わいせつで非難されているトランス女性であるかのようなストーリーがブロガーたちによって提示されたり、Instagramで、とあるトランス女性の画像を晒して「この人物が「Wi Spa」で露出した張本人だ」と主張する根拠のない投稿があり(このトランス女性は事実を全面的に否定。また、この投稿をしたアカウントの主は1月の議事堂襲撃に参加していた人物でした)、「ジェンダー・クリティカル」※1のアカウント群が拡散し、このトランス女性が罵倒や殺害の脅迫を受けるようになったということに言及しながら、「ジェンダー・クリティカル」と極右勢力がお互いを情報源としてエピソードやストーリーを共有しながら、7月3日に現実化するに至る暴力的な活動を正当化していくプロセスをありありと分析しています。
「反トランス的な緊張関係は、信じがたいほど憂慮すべき閾値にまで達しています。いまや実際の証拠が何ひとつなくても、悪事があったと断言するInstagramの動画さえあれば、右翼のリンチ集団を呼び出すのに十分なのです」
※1 ジェンダー・クリティカルとは、TERF(トランス排除的ラディカルフェミニスト)と呼ばれることを蔑称だとして拒否した人たちが新たに設けた自称のこと。「ジェンダーに真に批判的である」といったニュアンス。
エミリー・モロ氏は最後にこのように述べています。
「過激化のパターンがこのように変化しつつあるなかで、極右勢力がかき立てたトランスフォビックな魔女狩りにたいして、シスジェンダーのアライたちが断固として立ち向かうことが、これまで以上に大事になりつつあります。さまざまな出来事についてオルト・ライトやファシストに近いところから出てくる説明には、常に最大限懐疑的な態度で臨むことが大事です。極右の間では、出来事を捻じ曲げて伝えることが、過激化や勧誘の手段としてよく知られているからです。極右のアジテーターたちは、(事実に関する説明の)党派的なバージョンをつくり出し、「ジェンダー・クリティカル」な女性や論点を隠れ蓑にして、罪のないトランスジェンダーの人びとを嫌がらせや恐怖にさらそうとしているのです。「ジェンダー・クリティカル」集団のなかで、このような右翼が組み立てた筋書きがすすんでシェアされ、促進されていることには、強く警戒するべきです」
また、上述の『SLATE』誌の記事は、このように締めくくられています。
「今回起きた一連の出来事は、どんどん過激になるアンチ・トランスのバックラッシュの本当の危険性を示している。今回の出来事とは、トランス女性が女性のスペースを使用していたという裏付けの無い主張が抗議活動を引き起こし、結果的に暴力につながり、女性が入院する事態にまで発展したということだ。そもそもそこにはトランス女性などいなかっただろうという事実は、極右がこのように噴き上がるために口実などろくに必要としていないということを端的に示している。トランスの人々と私たちの仲間は、この国で増大している反トランス感情を無視しているわけにはいかない」
日本でも今後、「そら見たことか」と言わんばかりに、「女性用サウナに"ペニスがついた"トランスジェンダーが侵入した」「おかげで社会問題化し、暴動に発展した」などと言い立てる人たちが現れることでしょうが、決して惑わされることのないよう、お願いいたします。
参考記事:
アメリカ世論は侃々諤々の大騒ぎ――「体は男性の女性」が女湯入浴で乱闘・流血に発展した「ロス暴動」のてんまつ(NEWSポストセブン)
https://www.news-postseven.com/archives/20210709_1674579.html