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バイセクシュアルの尼崎市職員に市幹部が市民へのカミングアウトをやめるよう指導し、失望した職員が退職したことが明らかになりました
兵庫県尼崎市保健所で2019年、バイセクシュアルの30代男性職員(Aさん)に対し、「不快に思う市民がいる」との市民団体の指摘があったとして、幹部が「性的指向を市民に明かすことは公務員として不適切」と指導していたことが、明らかになりました。男性は「社会の無理解を行政が容認した形でショックだった」として依願退職していました。
関係者らによると、2019年秋、保健所の幹部宛てに市民団体から文書が届き、名前は伏せられていたものの男性と特定できる形で、Aさんが担当する公務に不満を示し、「性的発言があった」とも記載されていました。団体関係者が保健所幹部に「男性から性的指向を打ち明けられて不快な思いをした市民がいる」と訴えたといいます。
これを受けて、保健所幹部はAさんが所属する職場の数人に、Aさんの言動を確認するよう指示し、Aさんが職場でもバイセクシュアルであることをオープンにしていたと把握しました。
同年12月中旬、幹部ら3人との面談で、Aさんは「市民の1人から結婚観を何度も聞かれ、話を終わらせたくて(性的指向を)正直に答えたことがある」と説明しました。これに対し幹部は「性的マイノリティへの理解は市民全員に浸透していないので、公務員として私的な発言は控えるべきだ」などと、カミングアウトを控えるように求めました。
Aさんは面談から3ヵ月後の2020年3月末に退職しました。
取材に対してAさんは、「市は自分の性的指向を『不快』とした団体側に何の意見もせず、それ(カミングアウト)が悪いことであるかのように一方的に注意された。納得できず退職を決めた」と語りました。
面談した幹部は、「LGBTや性的指向を明かすこと自体を否定する意図は全くなかったが、市民団体側もかなり動揺していたので公務員の一人として考えを伝えた。優秀な人材が退職してしまったのは残念」と話しました。
尼崎市は2019年8月に同性パートナーシップ証明制度の導入を発表し、2020年1月から制度を開始、「阪神7市1町によるパートナーシップ宣誓制度の取組に関する協定」にも参加しているほか、性的マイノリティ電話相談、性的マイノリティ居場所づくり事業に取り組み、今年3月には市民用と職員用に「性の多様性への理解を深めるサポートブック」を作成しています(こちらをご参照ください)
昨年2月には市内の男性カップルの利用を断ったラブホテル2軒に対して行政指導も行なっています。
このように、尼崎市がLGBTQの権利擁護を掲げ、様々な施策に取り組んできたなか、Aさんへの対応を疑問視する声が内部からも上がっているそうです。
今回の事件の報道を受けてLGBTQコミュニティ内でも多くの声が上がっていますが、「不快に思う市民がいる」との苦情があったこともショックですが(どんな地域にも一定数、このような差別的な人たちはいるでしょう)、Aさんも語っていたように、差別的な人たちを正す方向ではなく、当事者にカミングアウトを禁じるという対応を幹部が行なったこと、この差別的な幹部は無傷で、被害を受けたAさんが退職に追い込まれたことに対して、衝撃が広がっています。
性的指向や性自認は最もセンシティブなプライバシー(個人情報)ですので、暴露してもいけないし、カミングアウトを強要してもいけないということは理解されやすい一方、カミングアウトする権利もまた保障されなければいけないということは、やや理解されにくいことかもしれません。
東京都国立市の「女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」や、三重県の「性の多様性を認め合い、誰もが安心して暮らせる三重県づくり条例」で、「性的指向、性自認等を公表するかしないかの選択は、個人の権利」であり、他者が強制したり禁止したり、第三者に暴露したりしてはならないと謳われています。アウティングの禁止だけでなく、カミングアウトの自由(強要されず、禁止もされないこと)もまた、LGBTQの人権の観点から見て、普遍的な原則の一つです。尼崎市にはそのような条例がないから関係ないということではないのです。
アウティングが重大な問題になること、当事者がカミングアウトしづらいことの根底には、世間にLGBTQへの差別や偏見(ホモフォビアやトランスフォビア)が根強く存在し、また、LGBTQ差別禁止法などの制度で守られていないという現状があります。社会がLGBTQインクルーシブになり、カミングアウトしても特に不利益を被らずに暮らせるようになればなるほど、アウティングの深刻さも減じていきますし(AB型であることや埼玉県出身であることを第三者に暴露してもさほど問題にならないように)、自由にカミングアウトしやすくなります。
性的指向の公表を禁じ、セクシュアルマイノリティであることを公にした人を処罰するロシアやハンガリーがいい例ですが、カミングアウトしたい当事者を抑圧し、LGBTQを不可視化する(「うちにはLGBTQなんていません」などと言いたがる)社会がどれだけ差別的であるかということを思い合わせましょう。
アウティングが命にも関わる重大な問題であることは、一橋大学ロースクールの学生の自死という悲劇的な事件によって広く認知されることとなりましたが、今回の尼崎市保健所事件は、なぜカミングアウトの自由が守られなければならないのかということを雄弁に物語る悲劇となりました。
このAさんの上司である保健所の幹部は、不快だとイチャモンをつける市民の差別を正す努力をするのではなく、保護されるべきセクシュアルマイノリティの職員のほうを黙らせるというホモフォビアまるだしな対応をしてしまいましたが(欧米なら、この幹部の方が罰せられるでしょうね…)、LGBTQ支援の施策を行なっているような自治体であってもこうなのですから、全国のいたるところにこのような方がいるでしょうし、自治体だけでなく、企業も同様だと推察されます。
Aさんのような優秀な方の離職を防ぐためには、アウティングの禁止と並び、カミングアウトの自由ということも職場で認知されるよう努めていく必要があるでしょう。当事者の従業員を顧客から見えないような部署に追いやったりすること(不可視化)がSOGIハラの一例として挙げられますが、同様に、カミングアウトしたい当事者を抑圧すること(不可視化)もSOGIハラであると見なしてよいはずです。
おそらく全国のどんな業種の窓口でも、今回と同様の出来事は起こりえるでしょう。同様の悲劇を繰り返さないために、社内で「カミングアウトの自由」を含めてSOGIハラについてしっかり周知していくとともに、「LGBTQを差別する顧客に対してどう対応するか」を考えていくことも大切なのではないでしょうか。
約4年前、とあるお店に「駐車場で男性同士が手をつないでいた。見ていて気持ちが悪い。お店としては、そういう人たちを入店できないような対策を取ろうとは思いませんか? 対策してくれないなら二度と来ません」といった差別的な投書があり、これに対してお店側が「結論から申し上げます。もう来ないでください。皆さま大切なお客さまです。お客さまを侮辱する方を、当社はお客さまとしてお迎えすることができません。LGBTの方々の生き方を真っ向から踏みにじるような言動はおやめください」と毅然と回答し、賞賛を浴びました(詳細はこちら)
そこまではっきり言わずとも、少なくとも、差別者がどちらで、守られるべきマイノリティはどちかかということの見極めを間違えないことが肝要です。
なお、Aさんは残念ながら(幹部の差別的な対応にショックを受けて)依願退職という選択をされましたが、労務管理上、職場は労働者が安心して働ける環境を作ることが義務づけられていますし、この保健所幹部が、いくら市民の声であるとはいえ、世間のLGBTQ差別に加担し、性的マイノリティの職員が安心して働ける職場環境の整備を怠った(ひいてはLGBTQが生きやすい市にしていこうとする市の方針に反し、それを妨げた)ことは明白で、Aさんは職場のSOGIハラの被害者であり、差別的な職場ゆえに退職に追い込まれたと見なされてもおかしくありません。もしAさんがうつなどの精神疾患を患っていたとしたら、SOGIハラでの労災の認定も受けられたかもしれません…。
今回の事件を機に、世間で「差別する側に加担し、当事者のカミングアウトを抑制すること」がハラスメントとして認知され、アウティングの禁止と同様に、カミングアウトの自由が広く法制度や条例で守られるようになっていくことを願います。
参考記事:
両性愛を告白の尼崎市職員に市幹部が指導「市民に明かすのは不適切」 失望し退職「ショック。無理解を容認」(神戸新聞)
https://nordot.app/843824568391548928?c=110564226228225532
尼崎市保健所「バイセクシャル」告白に指導 男性職員は依願退職 市「否定の意図なかった」(関西テレビ)
https://www.ktv.jp/news/articles/d5c7ce47_0b7d_4872_a45b_bd29c9b229d4.html