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浜松市のトランス男性が、性別適合手術を受けなくても戸籍の性別を変更できるよう求める家事審判を家裁に申し立てました
今年7月に性同一性障害特例法の不妊手術の強制は違憲であるとして浜松在住のトランス男性が家裁に申立てを行なうことが明らかにというニュースをお届けしていましたが、静岡県浜松市のトランス男性、鈴木げんさん(46歳)が10月4日、性別適合手術を受けなくても戸籍上の性別を女性から男性に変更できるように求める家事審判を静岡家裁浜松支部に申し立てました。手術なしでの性別変更が認められれば、初めてのケースとなります。
申立人の鈴木さんは女性の体で生まれましたが、「幼い頃から(自分が)女の子と思ったことはない」と語ります。40歳で性同一性障害の診断を受け、ホルモン治療や乳腺の摘出を行ない、男性として生活しています。しかし、性同一性障害特例法で生殖腺除去手術を行なうことが戸籍性別変更の要件となっているため、戸籍上は女性のままで、パートナーの女性との婚姻届は出せないのが現状です。
同様の申し立てをめぐり、2019年1月、最高裁は、性別変更を却下した岡山家裁の判断を「現時点では合憲」としましたが、一方で、4人の裁判官のうち2人が「手術は憲法で保障された身体を傷つけられない自由を制約する面があり、現時点では憲法に違反しないがその疑いがあることは否定できない。人格と個性の尊重の観点から社会で適切な対応がされることを望む」とする補足意見を述べました(詳細はこちら)
申立て後の会見に同席した弁護士は、「生殖腺を除去する手術を事実上強制している」とし、人権を侵害し、憲法に違反していると指摘。性的マイノリティをめぐる社会的状況の変化や当事者の声を資料として裁判所に提出する構えです。今後は裁判所の判断を待ちながら、支援の輪を広げていきたいとしています。
鈴木さんはパートナーの女性と一緒に会見し、結婚の意思を示したうえで「国民に認められているはずの婚姻の平等が、トランスジェンダーにないのはおかしい」と訴えました。また、「卵巣などを取っても外見や中身は何も変わらない。望まない手術を求められるのはおかしい」「自分の体の決定権は自分にある」「誰もが多様な性を生きる一人。みんなで一緒に考えていきませんかという運動をこれからしていきたいと思っています」と語りました。
なお、浜松市は2020年4月に「パートナーシップ宣誓制度」を始めましたが、鈴木さんとそのパートナーの女性は、その第1号カップルになっています。
2004年7月に施行された性同一性障害者特例法は、戸籍上の性別の変更の審判が可能となる要件として①二十歳以上②現に婚姻していない③現に子供がいない④生殖腺がないまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある⑤他の性別の性器に近似する外観を備えているの5つを定めています。
一方、世界の趨勢を見ると、不妊手術の強制は人権侵害であり、医療を不要にすべきであるとの考えが主流になっています。
日本と同じ2004年に成立した英国の「性別承認法」は性別適合手術を不要としています。2012年にはアルゼンチンで初めて精神科医の診断なしに性別変更を可能とする法律が制定され、以降、デンマーク、アイルランド、マルタ、ノルウェー、ギリシャなどで同様の法律が制定されています(性別変更をめぐる諸外国の法制度についてはこちらをご覧ください)
2014年には世界保健機関(WHO)が、2017年には欧州人権裁判所が「性別を変更するために生殖能力をなくす手術を課すことは人権侵害である」と判断しています。
土井香苗氏のForbes Japanへの寄稿「性同一性障害特例法に潜む「強制不妊手術」という人権侵害」によると、拷問に関する国連特別報告者は2013年、トランスジェンダーの人たちに「自らが望む性別への変更の要件として、望まないことが多い不妊手術を受けることを義務づける」ことは人権侵害だとし、各国政府に対し「あらゆる場合において強制又は強要された不妊手術を違法とするとともに、周縁化された集団に属する個人を特別に保護すること」を求めています。
2015年、健康に関する国連特別報告者と拷問に関する国連特別報告者が送付した性同一性障害特例法に関する書簡に対して、厚労省は「日本がLGBTの権利擁護を進展させていることを誇りに思う」と回答しましたが、日本政府は、現行の医学モデルと制度を擁護し、ある人が本当にトランスジェンダーかどうか、すなわち法的認定に値するか判断する際に「客観性と確実性」が必要だとする主張を繰り返しました。
国際社会では、そもそも「性同一性障害」というトランスジェンダーを病理として扱う考え方(医学モデル)自体が撤廃されています。2013年にはアメリカ精神医学会が「障害」という言葉を使わない「性別違和」という名称を採用しました。2018年に発表されたWHOの「国際疾病分類」最新版(ICD-11)では、性同一性障害を「精神疾患」から外し、「性の健康に関連する状態」という分類の中のGender Incongruence(性別不合)という項目に代えられました(非病理化が達成されました)。ICD-11は2022年から発効されます。国際的に「性同一性障害」という概念が不使用となることを受けて、早急に性同一性障害者特例法を見直す必要があるため、2020年、日本学術会議が「性同一性障害特例法」の廃止と「性別記載変更法」の制定を提言しています。
参考記事:
「手術なしで性別を男性に変更を」静岡家裁浜松支部に申し立て(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211005/k10013293171000.html
適合手術なしで性別変更を求め 静岡家裁に申し立て(静岡放送)
https://www.at-s.com/sbstv/videonews/index.html?id=8XXa2dl8zXs
手術なしでも戸籍「男性」に 浜松市で当事者が裁判所に申し立て 「自分だけじゃない」(テレビ静岡)
https://www.sut-tv.com/news/indiv/12446/
戸籍上の性別変更を申し立て 手術せず、静岡家裁支部に(共同通信)
https://nordot.app/817615360333021184?c=39546741839462401
戸籍を「男性」に変更、手術なしで認めて 家裁支部に審判申し立て(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASPB53PGLPB4UTPB007.html
手術なしでも性別変更を 「外見、中身変わらない」 浜松の鈴木さん、家裁申し立て(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20211006/ddl/k22/040/169000c