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LGBTQの性暴力被害に関する団体などが、渋谷区の男性や同性間の暴力被害相談支援体制の現状に対して苦情申立てを行いました
1人10万円の特別定額給付金の申請について今年6月、家族からの暴力を受けて家出を余儀なくされ東京都渋谷区で野宿生活を送っていた男性が支援団体と一緒に渋谷区に相談したところ「女性しか受け付けない」と断られるなど、適切な対応が受けられなかったという出来事がありました。これを受けて、LGBTQの性暴力被害に関する団体「Broken Rainbow-Japan」など5団体が、渋谷区の男性や同性間の暴力被害相談支援体制の現状に対して苦情申立てを行いました。
東京都内の出身で、長く渋谷区内で野宿生活を送っている男性(仮にAさんとします)。子どもの頃から、同居していた父親から殴られるなどの暴力を受け続け、家を出ました。80代の父親とは10年以上会っていませんが、住民票は父親が暮らす住所に残したままです。
特別定額給付金は個人への給付金ですが、原則的には世帯主が世帯全員分をまとめて申請し、世帯主の口座に振り込まれる制度設計になっています。しかし、配偶者やその他親族からの暴力などによって避難している人は、別に手続きすれば自分の分の給付金を受け取ることができる例外規定があります。その手続きには、本人からの申し出を受けて市区町村が発行する「確認書」など、家族からの暴力を理由に避難していることが証明できる書類が必要です。Aさんは、自身が参加している野宿生活者・支援者のグループ「ねる会議」のメンバーのいちむらみさこさんらに相談し、6月22日に「確認書」を発行してもらおうと、いちむらさんと一緒に渋谷区役所の生活福祉課を訪れました。
すると、区の職員は「(家族からの暴力の被害者としての対応は)女性に限っている」と言いました。驚いて「男性の相談はどうしたらいいのか」と聞くと、都の男女平等参画に関する活動拠点施設「東京ウィメンズプラザ」(東京都渋谷区)が実施している男性相談を紹介されました。ところが、ウィメンズプラザの男性相談は、電話相談が週3回、面談は週1回1時間しか受け付けていませんでした。問い合わせると、確認書の発行には面談が必要ですが、8月まで予約でいっぱいだと言われました。渋谷区の特別定額給付金の申請期限は8月25日です。また、担当者からは「給付金に関する対応は区で受け付けてもらうように」と告げられてしまったといいます。
ウィメンズプラザの予約がとれないことを区の特別定額給付金担当課に伝えたところ、窓口での簡単な聞き取りのみで確認書は発行され、実家に居場所を知られずに渋谷区で給付を受けられることになりました。
Aさんは取材に対し「(申請の締切に)間に合わなくなるかもしれないとあせった」「相談できる人がいなければ申請できなかった」「いろいろな理由で申請できず、給付金を受け取れていない人がいると思う。すべての人に支給してほしい」と語りました。
家庭内暴力(DV)被害者といえば一般的に、夫など男性から暴力を受ける女性が想定されやすいかもしれませんが、今回のケースのような男性への暴力、そして同性カップル家庭内での暴力もありえます。
特別定額給付金の申請手続きには、性別の規定はありません。総務省特別定額給付金室の担当者は「DVを受ける男性もいるので、男性ももちろん対象です」と話しています。
渋谷区広報コミュニケーション課の担当者は、毎日新聞の取材に対し、渋谷区では家族からの暴力への対応は被害者が女性か男性かで異なる対応を取っていることを明らかにしました。特別定額給付金の申請に関しては、女性であれば生活福祉課で確認書を発行できますが、男性はできない、また、平時のDV被害者相談でも、女性は生活福祉課が対応し、男性には都の施設であるウィメンズプラザを紹介している、とのことです。
都のウィメンズプラザは取材に対し、今回のケースについて「書類の発行はできるが、感染拡大が懸念されている中で直接来てもらうのも申し訳ないし、迅速な対応が必要なので、基本的には給付金の窓口である各自治体で対応するよう案内していた」と説明しました。男性のDV被害者からの平時の相談については、男性は「男性相談」の時間帯に限られるため「特に面談はいつも先まで予約が埋まっている状況。検証し、(対応を)考えていかなくてはいけない」と述べました。
しかし、そもそも渋谷区といえば、「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」によって同性パートナーシップ証明制度を国内で初めて導入した自治体で、男女平等と多様性社会の推進を目的とする拠点施設「渋谷男女平等・ダイバーシティセンター<アイリス>」では、性別やSOGIを問わず法律や悩みの相談を受け付けています。しかし、DV被害者に確認書を発行する機能はなく、今回のケースには対応できないといいます。
LGBTQの暴力被害に関して活動し、いちむらさんと連携して区側とやりとりした市民団体「Broken Rainbow-Japan」の岡田実穂さん(青森レインボーパレードの主催者でもあります)は、「近年、男性の相談にも対応する流れが自治体の中でも進んでいる。アイリスは男女平等を推進し、ジェンダーによる差別をなくす立場にある行政の窓口なのだから、対応できないのはおかしい。男性も暴力について相談できる場がなければ、話せなくなってしまう」と指摘します。
自身も野宿生活者であり支援活動も続けてきたいちむらさんも「野宿生活者の間でも家族の話はあまりしないため、表面化しにくいが、男性も暴力に耐えきれず家を出て野宿している可能性がある。DV被害者というと女性という想定になりがちだが、成人男性も相談できる窓口が必要だ」と訴えます。
「Broken Rainbow-Japan」と渋谷区で活動するNPOなどの計5団体は7月20日、今回のケースでの行政手続きや相談支援に関する現状が、区の「男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」に違反しているとして、苦情申立ての書面を渋谷区の長谷部健区長宛てに発送しました。
「依然として、本来相談を受けるべき福祉部生活福祉課やアイリスにおいては男性の相談を聞けないという状態が継続されており、また同じ問題に対して部署ごとの対応が異なり、なおかつ部署ごとの連携がない。この、性別による施策からの排除は、暴力被害当事者を孤立させ、被害の最中にある当事者たちが自らの権利を享受しようと立ち上がるための力を奪い取ろうとする、劣悪な対応であったと考えている」(全文はこちら)
性暴力被害者に対する相談・支援を女性に限っている自治体はほかにもたくさんあるでしょうが、今回、たまたまAさんが渋谷区在住であり、男女平等や性の多様性を尊重する素晴らしい条例を施行し、ジェンダーやSOGIに関して最も先進的であると見られている渋谷区でさえ、ジェンダーによる差別があったことから、対応を見直し、他の自治体に範を示してほしい、そして、この件をきっかけに、全国の自治体でで、男性や同性間の性暴力被害についても平等に対応できるようになってほしいという願いが込められた申立てであったと思います。
きっと渋谷区は、誠実な対応を示してくれることと期待します。
【追記】2020.9.12
「Broken Rainbow-Japan」の報告によると、渋谷区から、謝罪とともに、今後の対応について「特別定額給付金に係る男性暴力被害者への確認書発行については、庁内での統一的な対応を徹底いたしました」「男性暴力被害者に対する支援につきましては、性別や年齢にかかわらず相談できるDV被害者支援体制の構築や配偶者暴力相談支援センター機能の早急な整備など、関連法令を基に、渋谷区の実態に即した支援制度構築を検討しているところです」との回答がありました(詳細はこちら)
参考記事:
10万円給付金受け取りに壁 こぼれ落ちる男性DV被害者 「相談できる人がいないと」(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20200722/k00/00m/040/167000c