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芥川賞候補のゲイ小説『デッドライン』が話題に
昨年12月、立命館大先端総合学術研究科准教授でオープンリー・ゲイの千葉雅也さんの処女小説『デッドライン』が第162回芥川賞の候補となったことが発表され(野間文芸新人賞も受賞)、気鋭の哲学者が書いた同性愛小説として話題になりました。1月15日、芥川賞が発表され、惜しくも選に洩れてしまいましたが、この間に『デッドライン』をめぐる千葉さんへのインタビュー記事なども掲載され、世間的にも注目を集めている様子が窺えます。
『デッドライン』は、2000年代初頭の東京を舞台に、大学院生の「僕」が修士論文の締め切りが迫るなか、ゲイであること、思考することに向き合い、格闘する青春小説です。ハッテン場や二丁目のゲイバーのシーンもあります。難解な哲学と「僕」の(ゲイとして)生きることへの問いが交錯します。
こちらの記事によると、「男性同性愛者の集まるハッテン場を描いたのはなぜでしょうか?」と尋ねられた千葉さんは、このように語っています。
「同性愛をテーマにするならハッテン場を書くしかないだろうと思いました。これまでも書いている人は多少はいましたが、僕なりのやり方で書けるなと思った。ハッテン場は「偶然」の出会いの場所で、ゲイのセックスには、良い意味での愛とは違うというか、その手前にある即物的な出会いという面がある。継続的なパートナーシップを結ぶにはどうするかという問題もあるわけですが、ゲイセックスはやはり「刹那性」の美学と切り離せないと思います。九鬼周造だったら「いき」と言うような。
昨今、LGBTの公共的承認がますます進み、「良き市民としての性的マイノリティがどうやって社会の中で活躍するか」といったことが強く言われるようになっている。そうするとパートナーシップにせよ何にせよ、どうしても皆に祝福される「正しい愛」ということが前面に出てくる。「男を愛するのも女を愛するのも、愛だという意味では同じだ」みたいな感じになってくるわけですよ。
だけどこの小説で描かれているように、ノンケの男性に対して疎外感を感じる一方で、ノンケに対する嫌悪感もあるし、かつそれとないまぜとなった憧れもあったりする。ノンケの男性だからこそ性欲を感じるといった屈折した欲望の運動もある。昨今はそうしたことがどんどん見えなくなっている感じがあって、そこを描かなかったらしょうがないだろうと思ったわけです」
「この小説では、ある一般性を持つことを書いているつもりなんです。実存に関わる一般的問題です。「アイデンティティの多重性」や「欲望とはどういうことか」といった、自分が哲学的に考えてきたことを、ひとつの具体的な身体の動きとして、物語世界の中で展開したらどうなるかということをやっています」
『デッドライン』著:千葉雅也/新潮社
なお、芥川賞の選考会では、千葉さんの『デッドライン』と古川真人さんの『背高泡立草(せいたかあわだちそう)』が比較的評価が高かったといいます。
選考委員の島田雅彦さんは『デッドライン』について、「一種のカミングアウト小説で、そうしたLGBTQというテーマ自体、昨今は多くの人が手掛けるようになっています。その中できわめて私小説的、自伝的なスタイルで、自らの性的指向にからめて、修士論文を準備している大学院生が仏哲学者のドゥルーズをはじめとする生成の哲学をいかに消化していくかということと、自分の多様なアイデンティティーといいますか、何かに随時生成変化していくような“わたし”というものの発見がうまく組み合わされていることへの評価は高かった。しかし昨今多くの人が自伝的小説を書く中で、これが誰もがすなる自伝的小説の定型をはみ出すようなパワーを持っていたかというと、ややネガティブな意見もあった」と述べています。
この「一種のカミングアウト小説」だとする選考コメントに対して、SNSなどで批判の声が上がっています。
千葉雅也さんは「いまはLGBTQの時代なんだから、というのをマジョリティ側が言う? 僕は20年のじりじりとした闘争の結果として、やっとこの表現に至ったのです」とTwitterでコメントし、1300以上の「いいね」がついています。
ジャーナリストの北丸雄二さんは、東京新聞のコラムで「LGBT問題はジャーナリズムばかりか政治、文学、すべての社会が総動員で取り組んだ課題で、その中で性的少数者ではなく性的多数者側がよりまっとうに変わってきた時代でした。その種の歴史を経ていない日本で、『カミングアウト』の意味も曖昧に一流作家が『一種のカミングアウト小説』と雑に言い切る残念。『デッドライン』はカミングアウトからずっと先の場所で書かれている意欲作です」と述べています。
オープンリー・レズビアンの作家、李琴峰さんは、王谷晶の「なんか「タピオカとかもう見飽きたでしょ」みたいな感じで言ってねーか?」というコメントへの引用リツイートで「ほんとそれな」「こっちにとっては生死に関わる問題だよ」とコメントしています。
李琴峰さんは、レズビアンが主人公の小説『五つ数えれば三日月が』で昨年上半期の芥川賞の候補に選ばれています。
実際に芥川賞を受賞したLGBT作家によるLGBT小説は、トランスジェンダーの藤野千夜さんの『夏の約束』(第122回芥川賞、1999年下期)が最初でしたが、こうして李琴峰さん、千葉雅也さんと2期続けて当事者による同性愛作品が芥川賞候補に選ばれているということも素晴らしいですよね。再びこうした作品が受賞する日もきっと近いだろうなと期待されます。
参考記事:
千葉雅也さん初小説「デッドライン」インタビュー “自由の都”への憧憬こめた東京小説(朝日新聞)
https://book.asahi.com/article/13033656
第162回芥川賞 「受賞作なしをなんとか避けられた」 島田雅彦選考委員が講評(産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/200115/lif2001150046-n1.html