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オタワ市長が感動のカミングアウト、「私のように40年も待つ必要はない」
カナダの首都オタワのジム・ワトソン市長が8月18日、『OTTAWA CITIZEN』の論説に寄稿し、ゲイであることを公にカムアウトしました。市政に携わってから30年、ゲイだと自覚してから40年もの時間がかかったカミングアウトでした。彼は「カミングアウトに40年も待つ必要はない。若い世代に同じ過ちを繰り返してほしくない」と語っています。
ジム・ワトソンは、2010年からオタワ市長をつとめています。市会議員に選出されて以来30年間、市政に関わっていることになります。しかし、その間、セクシュアリティのことが話題にのぼることはほとんどなく、 胸のうちにしまい続けたといいます。
「これまでにゲイだと打ち明けたのは、たった2人のゲイの友達だけ。家族や友人のほとんどは私がそうだと思っていたのではないかもしれないが、プライバシーを尊重し、その話題には触れずにおいてくれた」
「振り返ってみると、子どもの時分からストレートではないということを示す兆候があった。中学1年の頃には、年長の生徒に「ジム・フェアリー」と呼ばれていたんだ」
「もっと成長すると、よりはっきり、テレビや映画の男性のスターに惹かれるようになった。ロブ・ロウやブラッド・ピットなどだ。ジュリア・ロバーツやシャロン・ストーンではなく」
大学を卒業する頃には、世の中はより寛容になっていましたが、それでも、カムアウトはためらわれました。政治への情熱のほうが大事でした。
若い時に徹底してクローゼットだったことを、彼は今では後悔しています。
「友人の多くは、結婚し、子どもを持ち、家族と一緒の道へと進んで行った。サッカーの練習や仕事のキャリアではない道だ」
「ゲイである友人の多くは、オープンにしていて、素晴らしいパートナーシップを営んでいて、結婚もしていたりする」
「私のようなクローゼットにいる人間は、どちらのグループに属することもできない」
彼は58歳でついにカムアウトする決心をしましたが、これまでに何度かそれを考えたことがあるといいます。
2つのホモフォビックな瞬間が、カミングアウトへの後押しとなりました。まず1つは、2014年にTwitterでやりとりした人が、オタワ市がソチ五輪の期間にレインボーフラッグを掲げるならもう市長に投票しないと言ったこと。もう1つは、公園でランチを食べている時、そこにいた人に「おかまのパレードには行かないことを望む」と言われたときです。市長は「プライドパレードを楽しみにしている。これからもそうするつもりだ。君も一緒にどうだい?」と返事したそうです。
何よりもワトソン市長は、若いLGBTに、自分がしたのと同じ過ちを繰り返してほしくないと嘆願するためにカムアウトしたといいます。
「急いでカムアウトしなくてはとプレッシャーに感じる必要はない。しかし、40年間も待ってはいけない。私の不承不承のカムアウトは、自分自身に、愛と、勇敢なゲイ友との冒険に満ちた人生を生きることを許さなかった」
市長は、(多くのアメリカのクローゼットの政治家がそうであるように)自分がゲイだとバレるのを恐れてわざとLGBTの権利を制限する方に投票したり、率先してLGBTを攻撃したりということはしませんでした。彼は同性婚承認から初のプライドパレード参加まで、記録的にLGBTイシューの実現に貢献してきました。
参考記事:
Ottawa Mayor Comes Out, Pleads With Others: 'Don't Wait 40 Years’(PRIDE.com)
https://www.pride.com/comingout/2019/8/18/ottawa-mayor-comes-out-pleads-others-dont-wait-40-years
Ottawa Mayor Jim Watson comes out as gay in moving op-ed(PinkNews)
https://www.pinknews.co.uk/2019/08/18/ottawa-mayor-jim-watson-comes-out-as-gay/