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性別変更するために不妊手術を必須と定める法律の違憲性を問う裁判で、最高裁が「現時点では合憲」と判断したものの、「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」という補足意見もつきました

 戸籍上の性別変更を可能にする性同一性障害特例法をめぐり、生殖機能を失わせる手術を必要とする要件の違憲性が問われた裁判で、最高裁が「現時点では合憲」とする判断を示しました。ただし、社会状況の変化に応じて判断は変わりうるとし、「不断の検討」を求めたほか、2人の裁判官は「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」という補足意見を述べました。最高裁がこの規定について判断を示すのは初めてのことです。
 
 性同一性障害と診断された岡山県在住の臼井崇来人さんは、戸籍上の性別を女性から男性に変えることを望んでいるFtMトランスジェンダーの方ですが、戸籍上の性別を変更するために生殖腺を取り除く手術を受ける必要があるとする現行法の規定について「体に著しいダメージを伴う手術を求めるのは自己決定権を保障した憲法に違反する」として2016年、手術をしないまま性別を男性に変更できるよう裁判所に申し立てを行いました。
 2017年、岡山家庭裁判所津山支部は「不合理な規定であるとはいえない」として訴えを退け、2018年、広島高等裁判所岡山支部もこの判断を支持し、臼井さんは最高裁判所に特別抗告していました。
 そしてこの1月23日、最高裁判所第2小法廷(三浦守裁判長)は、「現時点では憲法に違反しない」との初判断を示し、申し立てを退けました。裁判官4人全員一致の意見です。一方で、4人の裁判官のうち2人が「手術は憲法で保障された身体を傷つけられない自由を制約する面があり、現時点では憲法に違反しないがその疑いがあることは否定できない。人格と個性の尊重の観点から社会で適切な対応がされることを望む」とする補足意見を述べました。要件の違憲性は「不断の検討を要する」とし、「現時点では」という条件付きで合憲と結論づけました。 
 
 性同一性障害特例法では、「20歳以上」「未婚である」「未成年の子がいない」「生殖腺や生殖機能がないこと」「他方の性別の外性器に似た外観を備えていること」という5つの要件が課されています。2人以上の医師から性同一性障害であると診断され、上記の5つの要件を満たして初めて、家裁の審判で戸籍上の性別を変えられるようになります。今回の訴えで問題とされたのは「生殖腺や生殖機能がないこと」という要件です。卵巣や精巣を摘出する不妊手術を強制するもので、性別を変えたいという一心で望まない「断種」をする人もいるため、人権侵害ではないかという声も上がっていました。裁判では憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)や14条(法の下の平等)との整合性が争われました。
 最高裁はこの要件について、審判を受けるために望まない手術をやむなく受けることがあり、「(憲法13条が保障する)意思に反して身体を侵されない自由を制約する面は否定できない」との見解を示しました。
 一方で、要件が定められた背景を検討し、(1)変更前の性別に基づく生殖機能で子どもが生まれれば、親子関係に問題が起き、社会を混乱させかねない(2)生物学的な性別で長年、男女を区別してきており、急激な変化を避ける配慮に基づく――と述べました。
 補足意見を述べた鬼丸かおる、三浦守両裁判官は(1)について「そういう事態が生じること自体が極めてまれで、混乱といっても相当限られている」と指摘しました。性別変更を認められた人がこれまで7000人を超え、学校や企業で性同一性障害に対する理解が進むようになった変化を踏まえ、「違憲の疑いが生じている」と述べました。また「性同一性障害者の苦痛は多様性を包容すべき社会の側の問題でもある」「人格と個性の尊重という観点から適切な対応がされることを望む」とも述べました。


 申し立てを行った臼井さんは24日夜、岡山市で記者会見を開き、「憲法に違反しない」という最高裁判所の判断について、「今の時点ではしかたがないと受け止める。一つの区切りはついた」と述べました。そのうえで、2人の裁判官の補足意見については「裁判官が私の考えを受け止め、共感してくれたと感じた。裁判を続けてきてよかったと思った」「未来につながる内容だと確信している」と語りました。そして、涙を浮かべながら「多くの人が応援してくれて、声を上げれば社会は動くと実感できた。制度のはざまで苦しむ自分たちがいることを今後も訴え続けたい」と語りました。「訴えが退けられたからといって終わるわけではない。社会がこの問題をどう受け止めるのかを見つめていきたい」
 
 臼井さんの代理人を務めた大山知康弁護士(岡山弁護士会)は「違憲の可能性を指摘したことに意義を感じる。立法により解消すべき問題だという主張に後押しがもらえた」と評価しました。
 
 今回の最高裁判断について、FtMトランスジェンダーの活動家・遠藤まめたさんは「体に対する違和感からではなく、社会からの偏見や差別を避けるために戸籍上の性別を変更しようとして、やむを得ずに手術を受ける当事者は多い」と明かし、今回の決定では、当事者に対する適切な対応を求めた補足意見に注目して「手術による体への負担などから性別変更していない当事者も少なくない。今回の決定が社会的な差別に目を向けるきっかけになってほしい」と語りました。

 性的マイノリティ支援に取り組む清水皓貴弁護士(東京弁護士会)は「残念な判断。仮に性別変更前の性の生殖機能によって子が生まれたとしても混乱が生じるとは思えない。当事者の権利より、社会の漠然とした不安感を漫然と認めた決定」と批判しました。補足意見については「適切な内容だが、ここまで言うなら違憲判断に踏み込んでほしかった」と語りました。

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、生殖能力をなくす手術を義務づけることは「強制不任」に該当すると批判しました。そして、「WHO(世界保健機関)など、健康と人権を扱うさまざまな国際機関が強制不妊を広く批判している」と述べ、最高裁の判断について「国際人権基準に反し、時代に逆行し、重大な人権違反を容認するものであり、極めて残念だ」と批判しました。

 世界の趨勢を見ると、2012年、アルゼンチンで医師や裁判所の同意を得なくても性別を自由に変更できる画期的な法案が可決されたのを皮切りに、欧米の多くの国で手術が不要とされるようになりました(お隣の台湾でもすでにそうなっています)。2014年にはWHO(世界保健機関)が、2017年には欧州人権裁判所が、断種手術を「人権侵害」だとする判断を出しています。
 
 



参考記事:
戸籍の性別変更に手術必要 「憲法に違反しない」 最高裁初判断(NHK)

特例法「性別変更に手術が必要」は合憲 最高裁(テレ朝NEWS)

性別変更に手術必要は「合憲」 最高裁が初判断(TBS NEWS)

性別変更に手術要求「合憲」=性同一性障害特例法で最高裁が初判断(時事通信)

性同一性障害者の性別変更、手術要件は「合憲」(日経新聞)

性別変更に必要な手術「合憲だが不断の検討を」 最高裁(朝日新聞デジタル)

性別変更に「手術必要」は合憲 裁判官2人が「違憲の疑い」指摘 最高裁が初判断(毎日新聞)

当事者「差別に目向けて」 性別変更の手術条件合憲で(毎日新聞)

性別変更に手術義務「現時点では合憲」…最高裁(読売新聞)

性別変更 手術合憲で臼井さん会見 「未来につながる内容と確信」(山陽新聞)

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