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レポート:青森レインボーパレード2024

2024年6月30日(日)、10周年を記念する青森レインボーパレードが開催され、全国から220名もの方たちが参加しました。VENさんがレポートしてくれました

 2024年6月30日(日)、青森レインボーパレード2024が開催されました。今年のテーマは「ちがくて、いっきゃ」。津軽弁で「違ってていいよね」という意味です(「RESPECT DIFFERNCES」というプラカードを持った方がいらっしゃいましたが、まさにそういう意味かと)
 2014年、たった3人から始まった青森レインボーパレードは、年々参加者が増え、今年は全国から220名もの方たちが参加しました。昨年第10回のパレードが行なわれ、今年は10周年を記念するパレードとなりました。
 また、今年はクラウドファンディングを行なわず、「こぎん刺しバッジ」※を作って販売し、開催費用に充てていました。

※「こぎん刺し」とは津軽地方に伝わる刺し子(手刺繍)の技法の一つで、津軽地方では野良着のことをこぎんと呼んだためこの名前がついたと言われています。一般に青い麻布に白い木綿糸で刺します。寒い津軽は綿の栽培に適さず、津軽藩では麻の栽培を奨励しましたが、農民は木綿や高価な色染めの着物を着ることを禁じられたため、麻布を藍染したものしか着ることができなくなりました。しかし、目の粗い麻は津軽地方の厳しい冬を過ごすのには向いていません。そこで農民たちは、温かい空気が少しでも服にこもるようにと麻布に刺し子を施しはじめたのです(「こぎん刺しとは 「禁止」から生まれた雪国の知恵とデザイン」より)


 集合場所の青森駅前公園ではスタッフのみなさんが活き活きとした笑顔で会場を走り廻っている姿が印象的でした。12時から受付開始となりました。受付では青森市議の小熊ひと美さんもお手伝いしていました。
 物販は、スタッフのみなさんの力作「こぎん刺し」バッジと、青森市の「カフェ・ムーランルージュ」の方が作ってくれたレインボークッキー。売上は全額青森レインボーパレードに寄付されたそうです。
 また、今年は受付の横のスペースに相談コーナーが設けられ、パレード参加への不安ごとや、性のありようについて、日常の困りごとなどを話せるように配慮されていました。
 情報保障として手話通訳、英語、韓国語、スペイン語での対応も行なわれていました。



 続々と参加者の方たちが集まってきます。函館、三沢、秋田、岩手、仙台、酒田、福島、東京、富山、大阪、兵庫など全国各地から集まっていました。
 13時になり、オープニングイベントが始まりました。共同代表の岡田実穂さんとハルさんの挨拶に続き、プレス関係者の挨拶、参加団体のみなさんのスピーチが続きました。
 オープニングイベントの締めくくりは恒例のラジオ体操(今年は南部弁バージョンでした)。みんなでパレード前にウォーミングアップをしました。















 パレードに向けて整列が始まりましたが、ここで雨がポツポツと降ってきました。雨具を用意する方、帽子をかぶる方もいらっしゃいました。
 整列が終わり、いよいよパレードがスタート。
 今年も地元RABラジオ『らじ丸にっち』がパレードの模様を生放送。パレードに参加したくてもできなかった方にも、様子がわかります。
 駅前公園→ニコニコ通り→県庁通り→新町通商店街→駅前公園というコースを歩きます。
 先頭を装飾したトラックが走り、その後ろを参加者が歩きます。フラッグを持った全国のプライドイベントなどの団体の方、地元の議員さんたち、石川大我参議院議員の秘書の方、その後を思い思いのプラカードやフラッグを持った方、セクシュアリティカラーを身にまとった方などが続きます。そして、今年も「LUSH 青森ELM店」の方たちが五所川原から参加してくれたほか、昨年から全国のパレードに参加しているALLYES(アライエス)のみなさん、前日の山口レインボープライドにも参加していたアライのあきおさん、SWASHの要友紀子さん、労働運動活動者の米沢泉美さん(『トランスジェンダリズム宣言』編著者)、反戦を訴えるプラカードを持った方など、様々な方たちが参加していました。最後に撮影禁止ゾーンも設けられていました。









 沿道から毎年熱い声援を送ってくれる「ナンデモヤ」の方は、「異性間だって、同性間だって、好きあうことに何も変わりはないのに、なぜ同性婚が認められないのでしょう」と私に話してくださり、マスコミの方にも思いを語っていました。
 喫茶「グルッペ」の窓からもフラッグを振って応援してくれる方たちがいました。
 「リケン洋食器店」の方も毎年、外に出て声援を送ってくれます。
 ほかにも、手作りのプラカードを持って沿道に立ち、応援してくださる方もいました。





 パレード隊が青森県警から県庁前にさしかかる頃、実行委員のみきさんが「魂の叫び」と言ってもよいくらいのスピーチをして、参加者のみなさんもヒートアップしていました。 
 新町商店街(駅前の大通り)では歩道を歩きました。すれ違う人が笑顔で手を振ってくれたり、車道からも車の中からフラッグを振ってくれたり、温かい声援のなか、駅前公園へ向かいます。
 雨も気にせず、みなさんさわやかな笑顔でゴールしました。






 休憩を挟んで、閉会式が行なわれました。
 今年は220名の方が参加したそうです。最初は3人だったのが、こんなにたくさんの人たちが参加してくれるようになったこと、本当に素晴らしいですよね。
 個人的に、青森レインボーパレードは、派手さよりもメッセージ性の強さが印象的な、胸が打たれるパレードだと感じています。ひとつひとつのメッセージに込められた思いが、強く強く青森駅前に響きました。「故郷を帰れる街にしたい」という宇佐美翔子さんの思いが受け継がれています。
 そんな青森レインボーパレードに寄せられる自治体の首長からのメッセージが、理由はわからないのですが、数が減ってしまったそうで、残念な気持ちになりました。そのことと関係あるかどうかわかりませんが、配布された今年の首長からのメッセージを読むと、とある町の町長が「性的マイノリティが広く認識され配慮されるようになったがゆえの過度な要求を目にするようになりました」「価値観を変えない選択をした人も等しく尊重すべきとの考えに立たなければ、今まで理解者だった方も離れ、先人の苦労が水の泡になりかねません」などと書いていたのが目に入り、憤りを覚えました。私たちは決して過度な要求をしているわけではありません。いないことにしないでほしいから「私たちはここにいる」とアピールし、平等を訴えているだけです。
 来年は場所を変えての開催になるかもしれない、と閉会の挨拶で発表されました。
 
 複雑な思いを抱きながらも、恒例の記念撮影が行なわれました。今年もこの瞬間に立ちあえて良かったです。みなさん、素敵な表情でした。
 スタッフのみなさん、参加者のみなさん、お疲れ様でした。

(取材・文:VEN)

VEN
岐阜県在住のゲイ(50代)で、1994年の日本初のプライドパレードから現在に至るまで、全国で開催されるプライドパレードのほとんどに参加し、自身のPRIDEを示しながら地方のパレードも応援してきた方で、その参加回数は100を超えています(おそらく日本一)。2006年の第10回レインボーマーチ札幌のステージでは、全10回に参加したとして「皆勤賞」を授与されています。「愛知・岐阜にパートナーシップ制度を求める会」や「性別や性的指向・性自認に基づく差別を根絶する愛知アクション」にも参加しています。2023年6月21日の朝日新聞「ひと」にも登場しました。

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