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映画『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』、本日公開
アメリカにおいて黒人でクィアであるということが何を意味するのかということをリアルに描いた作品という意味では『ムーンライト』のようでもありますし、ボールルームでヴォーグなどの技を競う黒人のクィアたちがどうしてそこに集うようになったのか、彼らが直面している現実の厳しさに肉薄しているという意味では『パリ、夜は眠らない』のようでもあります。『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』は、監督が「サタデー・チャーチ」(土曜の夜、教会で行われている、行き場を失ったりホームレス状態になったりしているクィアな若者たちをケアする活動)でボランティアに携わった経験に基づいて脚本を書き、数名の魅力的なキャストを発掘し(無名の方ばかりです。ディジョン役のインドゥヤ・ムーアなどは、この映画でデビューした後、あれよあれよという間にスターになりました)、ミュージカルというスタイルで、黒人のクィアの置かれている現状をドラマ化した作品です。
ユリシーズは学校でいじめられ、セクシュアリティのことで悩み、揺らいでいる、多感な高校生です。軍務に就いていた父が亡くない、母と弟と、手を取りあいながら生きていくことを誓います。ところが、母が外で仕事をすることになって、家事とか弟の面倒を見るためという名目で叔母のローズが家に通ってくることになります。ローズは厳格なクリスチャンで(宗派は明らかにされていません)、ユリシーズが母親のヒールを履いてみたりしているのを厳しく咎めます。ユリシーズは家を飛び出し、地下鉄に乗ってクリストファーストリート駅で降り(ということは、そこがゲイタウンだと知っていたのでしょう)、ウェストサイドの川べり(レインボーフラッグが掲げられています)でたむろしていたエボニー、ディジョン、ヘヴン、レイモンドと知り合いになり、「サタデー・チャーチ」に連れて行ってもらいます。そこは教会で、ジョーンというトランスジェンダーの大人が切り盛りしていて、行き場のないクィアな若者に居場所を提供し、ご飯を食べさせてくれたりもします。そこでユリシーズは初めて、自分は孤独ではないんだ、仲間がいるんだということを実感します。そして、みんなが熱心に練習しているヴォーグに惹かれるのです。学校にも真面目に通い、教会で「ミサ仕え」などもしつつ、こっそりヴォーグを練習し、ボール(ダンスなどを競うイベント)に出たいと憧れ、閉店セールで素敵なハイヒールを衝動買いします。恋も芽生えます。しかし、幸せ気分で家に帰ると、ローズが鬼の形相で待ち構えていて……。果たしてユリシーズの運命やいかに?
ユリシーズは、ヒールを履いてみたいと思っているだけでなく、ディジョンが「『プリティ・プリンセス』ごっこしない?」と言ってリップを塗ってあげた時に恍惚とした表情を見せたりもして、女装して美しくなりたい人なんだなぁということが窺えます。でも、たまにクラブでドラァグクイーンになるけどふだんは男性の格好で生活するということで満足なのか、完全にトランスすることを望むのか、というのはわかりません。曖昧なままです(ジェンダーってグラデーションで、本当はゲイとトランスジェンダーって地続きですよね)。アメリカでは「LGBTQ」という言い方が一般的になっていますが、ユリシーズは「Q(クエスチョニング or クィア)」なんだと思います。「LGBTQ」の「Q」って何?どういうこと?と思っている方などは、この映画をご覧になると、よくおわかりいただけるのではないでしょうか。
「サタデー・チャーチ」の友達であるディジョンやヘヴンは、普段から女性の格好で生活していて、セックスワーカー(たぶん街娼)で、みんなで集まってるときは「これを買ってもらった」とか楽しげに話してますが、おそらく危険な目にもあっているし、相当ヘビーな生活だと想像されます。エボニーも、今はやっていないのですが、以前はセックスワーカーだったと語っています。映画の中で「普通の仕事に就いたら?」「いったい誰が雇ってくれるの?」という会話がありましたが、あんなに大きなニューヨークの街で、黒人のトランス女性を雇う会社が全くないのだとしたら…絶望的な話です。
映画では言及されていませんが、黒人のトランス女性にとって、HIVの問題も深刻です。暴行され、殺される人もたくさんいます。
家を追い出され、ホームレス状態になり、セックスワークをするしか生きる術がない、それでも女性として生きていきたい、そんな彼女たちの生き様に、胸が熱くなると同時に、切ない気持ちにさせられます。
主人公のユリシーズも、エボニーたちと同じ道を歩みます。将来にどんな困難が待っていようとも。気高く、美しく、プライドを胸に……
『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』
2017年/アメリカ/監督:デイモン・カーダシス/出演:ルカ・カイン、マーゴット・ビンガム、マークイス・ロドリゲス、MJ・ロドリゲス、インドゥヤ・ムーア、アレクシア・ガルシアほか/2月22日、新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
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